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2020/06/13

見落とされた“お笑い第2世代”

『ひょうきん族』の終了から間を置かずして1989年10月には、同じくフジテレビで冠番組『邦ちゃんのやまだかつてないテレビ』(『やまかつTV』)がスタートする。このころから90年代にかけては、『やまかつTV』のほか『MOGITATE!バナナ大使』(TBS系)など多くのテレビ番組でメインを務め、女性タレントとして頂点をきわめた。前年の1988年には、NHKの「好きなタレント調査」で初めて女性タレント1位となり、以来8年連続でトップに立ち続ける。1990年に30歳を迎えたときには、『やまかつTV』で、誕生日が同じ森口博子(当時、バラエティもできるアイドル=「バラドル」として人気を集めていた)とともにレギュラー陣から盛大に祝われていたのを思い出す。

 お笑いの歴史において80年代末から90年代初めというと、マンザイブームの産物である『ひょうきん族』が終わり、とんねるず、ダウンタウンやウッチャンナンチャンらいわゆる「お笑い第3世代」の台頭した時代として語られる。だが、一方で、この時代が山田邦子(お笑い史では「第2世代」に位置づけられる)の全盛期だったという事実は、見落とされがちな気がする。いまにして振り返れば『やまかつTV』は、コントだけでなく音楽やドラマなども盛り込んだ、字義どおりのバラエティで、テレビ史的にもきわめて重要な番組だと思う。

89年から92年までフジテレビ系(水曜日の21時~)で放送された「邦ちゃんのやまだかつてないテレビ」。最高視聴率は20.4%

「愛は勝つ」「それが大事」「さよならだけどさよならじゃない」……

 音楽の面では、KANの「愛は勝つ」、川村かおり(のちカオリ)の「神様が降りて来る夜」、大事MANブラザーズバンドの「それが大事」など、主題歌や番組内の連続ドラマで使われた曲があいついでヒットしている。このうち「愛は勝つ」は、KANのアルバム『野球選手が夢だった』から1990年9月にシングルカットされ、この番組で流されたあたりから徐々に人気を集めた。翌年末には日本レコード大賞も受賞する。

 番組からはユニットも続々と生まれた。山田をメインボーカルとして、サックスにMALTA、ドラムに村上“ポンタ”秀一、ベースに伊藤広規、ギターに原田喧太、そしてバックボーカルとパーカッションには永井真理子と豪華メンバーを集めた「やまだかつてないバンド」に始まり、山田が当時の人気アイドルデュオWINKのモノマネをするにあたっては、一般から相方を募集してオーディションも行なわれた。こうして選ばれた広島の高校生・横山知枝と「やまだかつてないWINK」が結成される。1991年2月には、KANが作曲、山田が作詞したやまかつWINKによる卒業ソング「さよならだけどさよならじゃない」、さらに翌月には番組の使用楽曲を収めたアルバム『やまだかつてないCD』がリリースされ、いずれもヒットした。同アルバムを企画した番組プロデューサーの小畑芳和は、《視聴者に『この曲、いいと思わない?』と提案するような形で音楽を取りあげてきました》と語っている(※4)。ちょうどこのころ、『やまかつTV』の前番組であった『夜のヒットスタジオDELUXE』のほか、『ザ・ベストテン』や『歌のトップテン』といった各局で長らく続いた歌番組が軒並み終了していた。『やまかつTV』はその穴を埋める役目も担ったともいえる。