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ヤクザの親分が監督を務める野球チーム

 もっとも印象に残っているのは、四国の親分だった。この人は地域住民と野球チームを作っており、監督を務めていた。いまでは考えられないが、そのチームはアマチュア野球の全国大会に出場した。とんとん拍子で予選を勝ち抜き、県大会の決勝戦まで駒を進めた。

 決勝戦は天皇陛下が観戦することになっていた。かつて特攻隊に配属されていた親分が、涙を流して喜んだのはいうまでもない。

©iStock.com

 いまのような暴力団排除の空気はなかったにせよ、警察もさすがに天皇陛下の前でヤクザの親分が監督を務めるチームが試合をすることに難色を示した。

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「おかしなことをされたら困る。出場は見合わせてもらいたい」

 県警本部からそう打診された親分は激怒する。

「陛下のために命を捧げようとした俺が、なぜその前で乱暴をするというのか!」

「そりゃひどい!」

 私は本気でそう答えた。ヤクザ礼賛が頭を支配し、完全に任俠道に罹患していた。帰り際、親分は特攻隊の物語を録音してあるカセットテープ10巻をくれた。自宅に戻ってそれを聞きながら、

〈こんな立派な人たちを暴力団と決めつけるなんてどうかしている〉

 と、社会の理不尽さを嘆いた。

大義名分のもとに血を流し続けたヒーロー

 初取材のあとの第一印象は、しばらく、どの組織に行っても変わらなかった。アウトローとしてのイメージは根底から覆された。ヤクザになりたい、そう思ったことさえある。ある時期まで、私は本気でヤクザを崇拝していた。ただ一つの問題点……彼らが持っていた暴力もすんなり許容できた。法治国家の中で暴力を所持していいのは国家だけだが、例外はあってもいいだろう、と感じた。

「カタギさんを絶対に泣かしちゃ駄目なんだ。いつも弱い者の味方となり、強い者と喧嘩するのがヤクザの心意気だ」

 ヤクザの暴力には、きちんとした大義名分があった。戦後の無秩序の中で、市民たちを守った義勇兵……大事な家族を守るためなら、私だって同じことをしただろう。そればかりか彼らは地域のために血を流した。これがヒーローでないなら、なにをヒーローと呼べばいいのか?

 なんの予備知識もなく、いきなり取材で暴力団と接したら、頭がポーッと煮上がる。愚直な人間ほど、暴力団にのめり込んでしまう。マルチ商法や悪徳宗教と似ているかもしれない。恋愛感情にも似た情熱から醒め、まともな感性を取り戻すには、かなりの時間と荒療治が必要だろう。

潜入ルポ ヤクザの修羅場 (文春新書)

鈴木 智彦

文藝春秋

2011年2月17日 発売