モデル事務所に、五厘刈りの目つきの悪い男
後になって聞いたところ、社長に落とし物が届いたと連絡があり、警察署に取りに行った折、拾い主がお礼を求めていると聞かされ、国内線の航空券でお礼を求めている事にまず不安があったのだが、怪しんではみても警察からはお礼をするようにと連絡先を聞いているので、渋々拾い主に電話してみると、平日の昼過ぎにもかかわらず受話器の向こうには寝起きの男性の声。事務所内では、そんな危険な男と会うべきではないという意見が多数だったらしい。そしてその男がついに事務所にまで入り込んできたのだ。若く美しい女性が多数在籍するモデル事務所に、五厘(ごりん)刈りの目つきの悪い男が、まだ肌寒い四月の上旬にTシャツで上がり込んできたものだから警戒されないわけがない。
それでも、社長がそんな男を事務所に呼んだのは、本人曰(いわ)く諸説あるが、最も有力な説は昨今稀に見る昭和顔だったというもの。長年モデル事務所で近代的な美男美女を見てきた彼女にとって、その男の顔は恐らくアヴァンギャルドだったのだろう。余談だが、他の説には「ビビッときたから」というものもある。
プロダクションの意味もよくわからないながらも、なぜ社長に招かれてのこのこ事務所を訪ねたのかは判然としないが、行けば役者になる手がかりがつかめるのではないか、何か仕事がもらえるのではないか、モデルの仕事をお願いされるのではないか、キレイな女の人がたくさん拝めるのではないか、などなど下心があったのかもしれない。もしかしたらただ「ビビッときた」からかもしれない。
マネージャー女史たちの冷淡かつ鋭利な視線にさらされ、これが芸能界の厳しさかと感じつつも下心からヘラヘラしていた危険な男が、二年後には事務所内で大役を担うこととなるのだが、それはまた別のお話で。