「本当に住みたい場所」に住む時代
ポスト・コロナの社会においては、たとえば海が好きな夫婦は、今までは通勤を考えると対象になりにくかったエリアを積極的に選ぶようになるだろう。首都圏でいえば、神奈川県の横須賀や三浦、湘南を通り越し、国府津や小田原、千葉県の大網や茂原あるいは館山といったところにも足を延ばし始めるかもしれない。
山好きな夫婦は、埼玉県の所沢から先の飯能や秩父、山梨県の大月、相模湖方面を選ぶようになるかもしれない。千葉県にいすみ市という場所がある。この地はすでに都会を離れて移住してくる人が多いのだが、多くの人が都心でも仕事を持ちながら、家では畑を耕す生活を送っている。
会社ファーストの家選びから生活ファーストの家選びになれば、選択肢は多様になり、「住みたい」場所は、人々の生活への拘りを前面に押し出したものとなるだろう。「みんなが買うから」といった一辺倒の購入スタイルは影を潜め、デベロッパーが繰り出すポエムに惑わされる人も少なくなるはずだ。
「値上がりするマンション」の価値は?
週刊誌などでは毎年「値上がりするマンション、値下がりするマンション」といった特集が組まれる。私もよくコメントを求められるのだが、コメントをしながらいつも思うのが、果たして人は自分が住む家を「値上がりするから」買っているのかという根源的な疑問だ。
私自身は不動産投資のアドバイザーもやっているので、多くの取引先に「値上がりしそう」な不動産についてコメントをする。しかし、不動産投資は現代においては金融マーケットとも密接につながり、国内外の投資マネーがマーケットを席巻する時代になっている。昭和後半から平成初期は都心部で勝手に成長する住宅やオフィスに対する需要で不動産は値上がりしてきたが、今の時代ではそう簡単に儲けられるものではない。
都心居住が急速にすすんだことで一部のマンションではたしかに購入時よりも値上がりしたマンションが多く出現したが、ポスト・コロナ時代は家選びの選択肢が多様化することで、“値上がりするマンションの方が良い”といった価値観は薄れていくものと思われる。