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広末涼子40歳 早稲田大に初登校「異例の囲み会見」から「出席ゼロ、5年生で退学」するまで

『女子学生はどう闘ってきたのか』#1

2020/07/18

 7月18日、40歳の誕生日を迎えた女優の広末涼子。1999年、広末は早稲田大学教育学部国語国文学科に自己推薦入試で合格したが、入学式を含め、欠席が続いていた。同年6月の初登校を一目見ようと学生や報道陣ら1000人以上の人だかりができ、キャンパスは騒然したという。

 異例の囲み会見では「クラスのみんなは普通でした」「授業を受けられてすごいうれしかったです」「後期はちゃんと(授業に)出れるようにします」と語ったものの、2003年10月、「女優としてお芝居を続けていきたいという思いと夢を大切にしていきたい」という本人のコメントとともに、5年生で自主退学を発表した。

 教育ジャーナリストの小林哲夫さんが上梓した『女子学生はどう闘ってきたのか』(サイゾー)から、大学在学中や退学・卒業後に、女優の道を歩む人たちのエピソードを紹介する。(全2回の1回目/#2に続く)

広末涼子 ©文藝春秋

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早稲田大で成績優秀だった吉永小百合

 早稲田大の吉永小百合は1957年にラジオドラマ出演で芸能界デビューしている。都立駒場高校、精華学園女子高校で学ぶが、芸能活動が多忙で中退し、大学入学検定試験を経て、1965年に大学へ入学した。日活の専属俳優として年10本以上出演することもあった。その一方、大学では馬術部に属していた。吉永は留年することなく1969年に卒業する。しかも成績優秀で「次席」として表彰された。それほど出席が厳しくない時代とはいえ、並大抵の努力ではない。卒論は「アイスキュロスの『縛られたプロメテウス』におけるアテネの民主制について」。

吉永小百合 ©文藝春秋

 早稲田大は演劇活動が盛んであり、女優を輩出している。室井滋は1960年生まれ。1980年代、早稲田大のシネマ研究会で自主映画を作っていた。1981年、村上春樹原作の映画『風の歌を聴け』で映画デビューを果たした。中井貴恵は佐田啓二の長女、2世俳優であり、映画『女王蜂』にいきなりヒロインとしてデビューした。令嬢役だったが、中井は田園調布雙葉高校出身であり、お嬢さまの雰囲気を十分にかもし出していたと当時、評されており、新人映画賞を受賞している。

ほとんど出席しないまま退学した広末涼子

 1999年、広末涼子が自己推薦制度で入学したが、ほとんど出席しないまま退学した。広末はメディアからバッシングされてしまう。

1999年6月26日、早稲田大学に初登校し、学生らに取り囲まれる広末涼子(東京・新宿区の早大正門前) ©時事通信社