「まぁ座って。初めてやろ?」
緊張して立ち尽くす私に、主催者の親分が声を掛けてくれた。
「失礼します。お邪魔します」
聞こえるのは札を切る音
座っている親分たちにいちいち頭を下げながら、入口から一番奥の隅に正座した。10畳ほどの日本間のふすまが取り払われ、横長に繫げられた二つの部屋は、畳の真ん中に幅1メートルほどの白布が敷かれていた。白布の手前には20人弱の張り手がいた。
無音ではないが、静かだった。それぞれが札を切る音がはっきり聞こえる。
反対側、壁を背にした中央に胴師が座っていた。その左右には各2人、合計4人の合力がいて、瞬時にレート計算を行い、金をつけ引きする。胴師も合力も、みな黒いダボシャツの上下を着ていて、かつて大流行した東映ヤクザ映画のワンシーンそのままだった。ダボシャツにはポケットがない。イカサマをしないという意思表示のため、これが博徒の正式なユニフォームなのだ。
どんな博奕が行われているのか
ここで行われていたのは本引きの中でも手本引きという種類で、ルールは前述の通り、一から六までの数字を当てるという簡単なものだ。胴師は一から六まで、合計6枚の札――コテンを持ち、後ろ手にしてそのうちから1枚を選び出し、張り手はその目を当てる。
当時、すでに本引きは廃れ、サイコロを使って目を決める賽本引きが主流となっていた。サイコロを振るだけだから勝負が早く、すべては偶然だから技量は関係なく、そのため敷居が低い。いまなら手本引きの取材は不可能だろう。許可が出ないのではない。もう行われていないのだ。手本引きが出来るほど上手に札をくくれる人間は、ある世代以上の人間に限られている。もう10年も経てば手本引きは消滅する。
最近、手本引きの札が販売中止となった。かつて関西地方を中心に、どのおもちゃ屋、たばこ屋でも気軽に買えたのだが、この数年であっという間に姿を消した。任天堂や大石天狗堂といったメーカーが販売を取りやめたのは、単に需要がないからだろう。