作家・橘玲さんの「週刊文春」連載が『女と男 なぜわかりあえないのか』(文春新書)として書籍化。その一部を紹介する。女と男、この厄介な関係性の正体とは――。
10年も公表されなかった実験結果
1978年、社会心理学の歴史に永遠に刻まれることになる有名な実験のひとつがアメリカ、フロリダの州立大学で行なわれた。
奇妙なことに、この実験の結果はその後10年ものあいだ公表されることがなかった。学会誌に何度も論文が投稿されたのだが、そのたびに掲載を拒否されたのだ。「『ペントハウス』(男性向けヌード雑誌)なら扱ってくれるんじゃないか」といわれたこともある。
社会心理学者のエレイン・ハットフィールドは、「女の心理など調べる必要はない」という旧態依然としたアカデミズムの常識がずっと不満だった。そこで同僚のラッセル・クラークとともに、「男と女はちがう」ことを証明しようと試みた(※)。
彼女が実験したのは「ナンパ」だ。
「デート」「アパート」「ベッド」3つの科白に対する反応
まず、社会心理学のクラスから男性4人、女性5人がボランティアのアシスタントとして選ばれた。平均年齢22歳で、清潔できちんとした身なりをしていて、容姿はふつうだ。正確には「すこし魅力に欠ける」者も「そこそこ魅力的」な者もいたが、これから説明する実験結果に容姿のちがいは関係なかった。
アシスタントたちは、雨の日と(夜に用事がありそうな)週末を避け、天気のよい平日に大学のキャンパスに出かけていった。そこで、1人でいる魅力的な異性を見かけたら、決められた手順でナンパするのだ。
声をかけるかどうかは、「チャンスがあればセックスしたいと思う」という主観的な基準で選ばれた。ナンパした相手の容姿を1(ぜんぜんイケてない)から9(ものすごくイケてる)の9段階で評価すると、平均で男子学生は7・3、女子学生は7・7になった。街を歩いていると振り返られるレベルだろう。
実験の目的は、以下の3つから任意に選ばれた科白にどのように反応するかを調べることだ。
(1)今晩、どこかに出かけない?(デート)
(2)今晩、僕(私)の部屋に来ない?(アパート)
(3)今晩、いっしょにベッドで過ごさない?(ベッド)