作家・橘玲さんの「週刊文春」連載が『女と男 なぜわかりあえないのか』(文春新書)として書籍化。その一部を紹介する。女と男、この厄介な関係性の正体とは――。
多くの子どもをつくるのは「モテる」男
初期の進化心理学では、男の性戦略は「乱婚(短期的関係)」で、女は「純愛(長期的関係)」だとされてきた。しかしいまでは、これは男にとって都合のいいお伽噺だということがわかっている。
男も女も、生存と生殖にとってもっともすぐれた遺伝子を後世に残すように進化してきた。これが「利己的な遺伝子」説だが、じつはこれは(わかりやすいように)因果関係を逆にしていて、正確には、「生存に適さない遺伝的形質が淘汰され消えていった結果、有利な遺伝子が残った」になる。進化論がとてつもなく強力な理由は、この身も蓋もないシンプルさにある。
多くの子どもをつくるのは「モテる」男で、テストステロンのレベルが高い「アルファ」だ。しかしヒトは、進化の過程で脳を極端に発達させたことで、出産後も授乳や育児に多大なコストがかかる。そのため女には、自分と子どもに食料や安全などの「資源(リソース)」を提供する「ベータ」の男が必要だ。
そう考えると、女にとって最適な性戦略は1人の男につくす「純愛」ではなく、妊娠可能性の高い排卵期には短期的な関係を好み、それ以外の妊娠しにくい時期は長期的関係を維持するように進化することになる。
DNA鑑定などない時代に(人類史の大半がそうだ)、利己的な遺伝子は、アルファの男の子どもをベータの男に育てさせる「托卵」のプログラムを女の脳に埋め込んだ。
進化の軍拡競争
しかしそうなると、男もなんらかの対抗戦略を進化させたはずだ。これは「進化の軍拡競争」と呼ばれるもので、ウイルスが(感染しやすいように)進化すると免疫システムも(感染を防ぐように)進化し、その戦いが延々と続いて、ウイルスも免疫もとてつもなく巧妙で精緻なものになる。
男でも女でも、相手の「裏切り(浮気)」への対抗戦略は嫉妬と呼ばれる。だが「男女の性愛の非対称性」から、男と女ではその表われ方が異なるはずだ。