フランスで30年余りも続いた、ある神父の少年たちに対する性的虐待。このショッキングな実話を映画化し、2019年ベルリン国際映画祭で審査員グランプリを受賞した作品が、フランソワ・オゾン監督の新作『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』だ。たったひとりの勇気ある告発がやがて多くの被害者たちを繋げ、マスコミや、黙認し続けていた教会を動かす様子を、被害者たちの視点から緻密に描く。
オゾン監督といえばこれまで、『8人の女たち』や『まぼろし』『婚約者の友人』など、多彩な作品を手掛けているが、社会的な題材に真っ向から挑んだのは今回が初めてである。
「当初は神父を最初に告発した人物だけを取り上げ、彼の心の痛みを描こうと思っていました。でも多くの被害者たちを取材するうちに、フィクションの作り手としては想像もできないような事実を知り、それらを取り入れた群像劇に書き換えました。たとえばふたりの被害者の妻たちもそれぞれ虐待を経験していた。フィクションだったらこれはやりすぎだ、と思えるようなことが現実には存在したのです。また被害者を支える人々の存在もとても大事だと感じました。妻や母親たちの協力がなければ、彼らもここまで一丸となって闘うことはできなかったでしょう」
もっとも、オゾン監督は社会派映画というカテゴリーを意識したわけではないという。
「あくまで被害者の心の傷を見つめることが目的で、教会の制度を告発する映画を作ろうと思ったわけではありません。ただわたし自身、大きな憤りを感じたのは、教会側は長年プレナ神父の行いを知っていたにも拘らず、その都度教区を変え、黙認してきたということです。いまだに他の子供たちが被害に遭い続けているということもまた、許してはならない暴力です。こうした教会側の沈黙を、映画でもきちんと見せなければならないと感じました」
一方で、事件を描くフラッシュバックは繊細な暗示に留め、観客に想像の余地を与えている。
「大人になった被害者を観ているだけでは、観客が実感できないこともあるでしょう。無垢な子供たちがどんな状況で狼の餌食になったのか、ということを観客に察して欲しかったのです」
フランスでは映画の公開時期が裁判と重なったため、プレナ被告が公開延期を訴えたものの、裁判所が却下。映画が公開されると、90万人を超える動員を記録した。
「フランスに限らず、カトリック色が濃い国ほどこの映画に対する反響が大きかったです。残念ながらプレナ神父のようなケースは世界中にあり、今後も新たな事件が発覚するのではないでしょうか。願わくば、この作品が教会制度に大きな変革をもたらすきっかけになって欲しいと思います」
プレナ被告には今年、禁錮5年の判決が下された(被告は控訴)。オゾン監督の望むように、まずは大きな一歩を踏み出したと言えるのではないか。
François Ozon/1967年、フランス・パリ生まれ。1998年、『ホームドラマ』で長編デビュー。代表作にフランスの名女優を集めた『8人の女たち』。多作な監督として有名。
INFORMATION
映画『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』
https://graceofgod-movie.com/