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今さら気づいた。けど、もう遅い

 自分に問いかけた。俺は文學界に連載を持てるようになるまで、文章を書くという行為に対して、どれぐらい向き合い続けてきただろうか。どれぐらい愛情を注ぎ込んで来たのだろうか。どれぐらい挫折を味わってきただろうか。過去の俺のように、ひたすら打ち込み続けて、これしかないんだって自分に思い込ませながら人生を狭めていって、それでも尚、満足出来るほど日の目を見られない人達は、どう思うだろうか。まさしく俺は今、他の仕事で得たアドバンテージで、本来持ち合わせているべきもの、通っていくべき道のり、それら全てを免除してもらおうとしてる。そもそも、文章を書く人にとって何が下積みになるかすら知らないし、文章を書くみたいな言い方で合ってるのかどうかすらも自信無い。執筆の方が良いのかな。もう、何から何まで分かってない。あの日あのイベントで、DJ機材の前に立ち、ひたすら当てぶりをし続けて帰っていった彼女と俺、一体何が違うんだろうか。

 それに今こうして冷静になってみると、タレントDJと揶揄していた彼らは、なにも生まれもったもので得をしてるわけではなく、本業に邁進した結果それに見合った実績を挙げたからの待遇であって、皆んなそこへのリスペクトがあるから写真も一緒に写りたくなるし、イベントにブッキングしたくなるし、DJとしての姿も見に行きたくなる。今考えれば至極当たり前の話で、タレントDJが本業で成し遂げた分の実績をDJで全く積み上げられてない俺が、何を言っても全く説得力が無かったし、言う資格も無かった。そんな不平不満を言う前に、もっと練習に励んで己の腕を磨くべきで、状況を打破する方法もそれ以外は他にないっていうのに。

 今さら気づいた。けど、もう遅い。こんな状況で理解があるようなことを言っても取り返しはつかないし、最近めっきりクラブにも行ってないから、今の詳しい事情すらも全然知らないくせに。本当に調子がいいと思う。それに、こんなことを1回目に書いて保険を掛けている感じも自分で分かって、ツラくなってくる。連載を決めた時点で何を言っても無駄なのに、この期に及んでまだ助かろうとしてる感じも情けない。そんな有様だから、今の俺が数年前の感情を掘り起こすのはかなりの苦行で、冒頭部分は筆が全く進まなかった。かといって、こんなことには全く触れず、最低な自分を引き受けて、いっそ腹をくくってしまうことも出来なかった。俺はこれからずっとこの気持ちを抱えながら連載をし続ける事になるんだろう。

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 いや、便利に出来てる俺だしな。案外すぐに慣れていっちゃうのかもな。

※第2回は「文學界」2020年8月号に掲載されています。

文學界 (2020年8月号)

 

文藝春秋

2020年7月7日 発売