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source : 週刊文春WOMAN 2019GW号

genre : エンタメ, 芸能, ライフスタイル, テレビ・ラジオ, 働き方

何度かの転機、そして“役割探し”

 トレンディドラマでは、「オバサンはあっちに行って!」と先輩女優に大きく出なければならないシーンで足が震えたという。

「主演は浅野ゆう子さんでした。当時のゆう子さんは、私にとって時代のトップランナー。でも、そのドラマが転機だったと後にテレビでおっしゃっていたのを拝見して、驚いたんです」

 十和子の転機はいつを指すのか。

「キャンペーンガールになった19歳。求められることと自分の表現したいことが少しずつ一致しだした27歳ごろ。遅いんですけど(笑)。そして結婚と、化粧品をやろうとなった時ですね」

 化粧品事業に本格参入するまでの間も、役割探しに必死だった。

「1歳数か月の娘を抱えて沖縄や……串本ってわかります? 和歌山県最南端の。長年の顧客のマダムからの要望で、各地のお洋服屋さんで行われるKIMIJIMAの受注会に娘を連れてお邪魔していました。

 連れていっても、子どもは先方の社員さんに委ね、私は専らお客様のお相手……と言っても生地や縫製についてはシロウトなので一切立入らず、その代わりに自分にできた着こなしのアドバイス、その服の雰囲気に合うメイクや髪型をオススメしていました」

 十和子の話は好評で、やがて受注会で美容講座を行うようになった。

©️iStock.com

結婚した女も女のままでいていい

 ある日を境に、十和子は風向きが変わるのを感じた。

「女性誌『25ans』から美容の取材がきたんです。それまではマスコミとの接触といったら身構えるしかありませんでしたけど、『25ans』の取材は私が独身だった頃となにも変わらなかった。使っているお化粧品の話だけ。主人のことも子どものことも家庭のことも聞かれなかった」

 編集部には問い合わせの電話が殺到したという。

「時代の変わり目にいることが多かったと思います。私が20代の頃は、結婚したら髪を切り、お化粧もしなくなる時代でした。既婚と未婚の友達が集まると、一目でわかるほど外見が分かれていて、お互いが優越感を持っているような……。でも、今ってその境目がないと思うんです。当時は赤ちゃんを抱いてハイヒールを履いていると批判されたけど、今は誰もそんなことを気にしない時代でもあります」

 結婚前、誉幸氏は十和子に「女性にはいくつになっても綺麗でいて欲しい。年齢ごとの美しさがあるから」と語った。十和子はその言葉を信じた。

 結婚した女が女のままでいることが許されなかった時代、十和子はずっと偏見の最前線で戦ってきたのだろう。