昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2020/07/26

「最後まで生きようと頑張っていたのだと思います」

――「ゴメン」は家族や周りの大切な人たちへのメッセージだと受け取られましたか。

小島 そうですね。家族に向けても、「先に死んでゴメン」「迷惑かけてごめんなさい」。色々な意味の「ゴメン」なんだろうと思います。自殺で亡くなる方は、他人に迷惑をかけないように入念な下準備をしている場合が多いです。インターネットには、自分がすぐに発見されなかった時、体液や尿などで部屋を汚してしまうとその賠償の請求が遺族へいく可能性などについて、事細かに書かれています。

 おそらくそうした情報をもとにして、床にブルーシートを敷いて汚れないようにしていたり、自ら持ち物や家具を処分していたり、さまざまな準備をされているのだと思います。宗教にまつわる本や、死後の世界について書かれた本が置いてあることもあります。最後まで生きようと頑張っていたのだと思います。

ロフト付きワンルームのミニチュア。この作品のローテーブルの上には、遺書とともに2冊の本が置かれている。 ©Hajime Kato

「もしかして、餓死なんじゃないか」

――何らかの形で関係性が絶たれることによって起きる孤独死の問題を、小島さんはこれまでミニチュアで表現されてきました。今では9つの作品があるんですよね。

小島 そうです。プラス2つ制作しようかなと考えています。ひとつめは作っている最中で、もうひとつは制作をどうしようか迷っています。

――テーマをお聞きしてもいいですか?

小島 餓死して亡くなられたと推測される方が少しずつ増えてきています。なぜ一見豊かに見える日本で餓死してしまうのか、わたしにはまだわからないんです。わたし個人の思いだけではなく、社会全体の背景が映し出されるミニチュアを作れたらいいなと考えていて、リサーチする必要も感じ、まだ悩んでいます。

――感覚的には餓死なのではないかというケースが増えているけれど、なぜ起きてしまったのか、その理由を見つけていくということでしょうか。

小島 そうですね。これまでのミニチュアは、わたしが仕事を通じて色々な方と関わっていく過程で「伝えたい」という気持ちをあたため、テーマを絞って制作してきたのですが、問題の背景を調べてから作ろうとするのはこれが初めてです。

――調べたいと思ったきっかけは何かあるんですか?

小島 現場でもすぐには気付かないんです。作業を進めていくなかで「もしかして、餓死なんじゃないか」とだんだん分かってきます。ただ単に働かなくてお金がなくなっていっただけではない、それぞれの理由があると思うので、ご飯を食べられなかったり、水も飲めなくて衰弱して亡くなるということがなぜ起きるのだろう。「餓死」って何だろうというところから、根本的に知りたいと思っています。

作業現場で、防御服姿の小島さん

――たとえば冷蔵庫の状態を見て、わかることもありますか。

小島 それもあります。調味料の類しかなかったり、豆腐の空きパックが積み重なっていて……豆腐しか食べないでいたような様子がわかったり。電気・水道・ガスを全部止められて3年間過ごしていた方もいました。もちろん死因は推測でしかなく、遺族の方にもわからないことが多いのですが、わたしたちは清掃の経験から、病死とは違うと考える。この問題の背景について、少しでも理解したいと思います。