「発想」が異なるウイルソンのグラブ
「やっぱり、“元カノ”の良さに気づいたんでしょうね」
冗談めかして笑ったのが、アメアスポーツジャパン株式会社のウイルソンチームスポーツで営業部長を務める中村光彦さんだ。中村さんが「元カノ」と表現したのは、外崎の“グラブ遍歴”と関係がある。
「エラーが多くて、今のグラブはしっくりこない」
富士大学時代にそう感じていた外崎は、地元・弘前のスポーツ用品店でウイルソンのグラブを紹介され、大学2年時から使い始めた。
アメリカのメーカーであるウイルソンのグラブは、日本のそれとは明確に異なる特徴を持つ。最たる点が、「はみだし2本」=「デュアル・ウェルティング」と言われる縫製法だ。アメアスポーツジャパンの田坪宏朗さんが説明する。
「簡単に言うと、一般的なグラブより4パーツくらい増えます。立体縫製と言って、手の形のようにグラブを丸くしていきます。(一般的なグラブのように)縦、横、縦、横と縫製するのではなく、斜めや膨らむような形で縫っていく。(職人が)微妙な角度までこだわってつくっています」
ウイルソンのグラブは内袋からボールが収まりやすいように設計され、外袋とうまく縫い合わせることで「ボールをつかむ力」が指先に伝わるようにつくられている。詳しく知りたい人は、ウイルソンの公式HPを参照してほしい。
「そもそもウイルソンのグラブは、他社と発想が異なっています」
そう語るのは、かつてワシントン・ナショナルズでトレーナーを務め、現在は広島で「Mac’s Trainer Room」を運営する高島誠さんだ。ウイルソンのパートナーショップとして、選手がパフォーマンスを上げるために必要なグラブの型などをアドバイスしている高島さんは、同社と日本製の違いを説明する。
「日本のグラブは“当て捕り”系が多くて、そもそも指の部分を強くしようとしていません。前提として、両手で捕りますからね。一方、ウイルソンのグラブはシングルキャッチに特化しているので、指の部分が強くなっている。片手で捕りにいけるようになれば、当然、両手で行くより守備範囲が広くなります」
“当て捕り”とは文字通り、グラブの中指と薬指の根元あたりでボ
ただし高島さんの指摘するように、両手での捕球はシングルキャッチと比べて守備範囲が狭くなりやすい。さらに当て捕りでは強い打球に対応しにくく、日本の強打者やメジャーリーガーのようにバッターのレベルが上がる場合、しっかり捕球する能力が不可欠になる。
“欲張り”な要求をし、好守備を連発
「ボールをしっかりつかみたいんです。それと、大きめのグラブがいいです」
2017年末、内野守備の向上を課題としていた外崎は弘前の運動具店を通じ、日本でウイルソンを担当する中村さんに連絡をとった。
当時、外崎はデサントと契約していた。大学時代にドラフト候補として頭角を現し、
デサントと契約していた外崎は2018年シーズン、自身で購入してウイルソンのグラブを使い始めた。そして同年序盤に出したリクエストが、「しっかりつかみたい」「当て捕りもしたい」「バックハンド(逆シングル)でしっかりつかみたい」の3つだった。
これらの要求はある意味、“欲張り”と言える。「しっかりつかむこと」と「当て捕り」は、相反する捕球方法であるからだ。同じグラブの中で、どうやって実現させるのだろうか。
「ウイルソンのグラブの良さとして、作りがすごく素直です。そういうグラブを型づけすることで、つかんだり、当て捕りすることも可能になりました。ホント、工場“様様”という感じです」
そう話した中村さんだが、その裏には彼自身の尽力もある。外崎は「今日から試合に出てもいいくらい」の状態でグラブを納品されることを好んでおり、中村さんが型づけして渡しているのだ。
こうして“魔法のグラブ”を手に入れた外崎は、2019年からセカンドで躍動し始めた。センターに抜けようかという当たりを逆シングルでさばいたかと思えば、正面のゴロを当て捕りで颯爽と処理する。高品質のグラブと“復縁”したことで、高い身体能力が存分に引き出されているのだ。
グラブ選びの重要性について、前述の高島さんが身体動作の観点から解説する。
「当て捕り系のグラブはどうしても指が伸びる形になるけど、デュアルは丸みがあるから指の力を抜きやすい。関節って、伸びると緊張するんです。ウイルソンのグラブは構造上、指の部分が丸くなっているので自然と力が抜ける。だからハンドリングを楽にできる。強い打球でもグラブが負けずに止めてくれるから、思い切ってシングルハンドや逆シングルで捕りにいくことができます」
2017年末、“元カノ”と復縁したことが一つの転機となり、外崎は内野手として大きく飛躍した。日本を代表するセカンドの一人となるべく、今年、さらなる貪欲さを見せている。
2019年までのモデルから、グラブを一変させたのである。
(次週公開の後編に続く)
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