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もしイチローが鈴木一朗のままだったら……プロ野球に必要な“余計なこと”

文春野球コラム ペナントレース2020

2020/08/30

もしイチローが鈴木のままだったら

 もし仮にイチローがあのとき、登録名を変えず鈴木一朗のままだったらその後の景色はどうなっていたのか。

©文藝春秋

 そんなことを考えたきっかけは、野手の登板が話題になった8月6日の巨人・阪神戦だ。地上波中継があったのでたまたま見ていたのだが、個人的には「ほう」「珍しいもの見られてよかった」としか思わなかった。

 しかしその後、増田大輝の投手起用は是か非かということでOBや世論が騒がしくなったのはご存知の通りである。

 実は、賛否のぶつかる騒ぎを見て、イチロー云々以前にまず浮かんだのは「人気球団、めんどくせえな」であったことを正直に申告する。

 なにしろ、2000年に当時オリックスの五十嵐章人がマウンドに上がったことについては、当時もいまも特に議論になっていない。

 さらに、気がついたら知人のアナウンサー(セについては阪神を応援)が、増田登板を「コケにされた」と解釈した阪神ファンにツイッターで絡まれていた。野手登板肯定派だと目をつけられただけで。

 ここで「人気球団、マジめんどくせえな」と思ったことも正直に申告しておく。大変ですね、人気球団。

あのオールスターの頃にSNSがあったら?

 野手登板の是非については、上原浩治やダルビッシュ有といった人気者が肯定派だったために、否定派のOBや夕刊紙が最終的に形勢不利になったようだ。ただ物事には逆もありうるわけで、なにかイレギュラーな事象が起きたときにインフルエンサー(笑)が叩きに回ったら、その事象を演出した人は滅多打ちに遭うわけである。そういった可能性を避けるための正解は、「余計なことをしない」になる。残念ながらリスク回避としてはそちらのほうが正しい。

 登録名の話に入っていないのに別なイチロー話になるが、1996年のオールスターで仰木監督がイチローをマウンドに送り、野村監督が代打に投手の高津を送った件を思い出す。あれはなんというか、ザワザワした出来事だった。SNSどころか2ちゃんねるも無い時代だったが、あれがいま起きたなら様々なベクトルのヘイトがネット空間を飛び交ってもおかしくない。それを防ぐためには余計なことをしないのが正解になる。

 ここでやっと登録名の話になるが、鈴木一朗がイチローになった時点では、まだ将来の活躍が確定したわけではなく、単なる「有望な若手」。ファーストネームのみでの登録は日本人初で、しかもカタカナ。とりあえず何にでも難癖をつけたい人口もそれなりにいるネット時代なら、球界の格式とかを持ち出して叩こうという勢力が現れても不思議ではない。……パンチ(佐藤)のほうだけ単品だったら普通に叩かれるかもしれない。

©文藝春秋

 ネットで叩かれたところでスルーすればいいじゃないかと思われるかもしれないが、増田登板でも分かるように球界内から否定論が出ることもある。当時でさえ、2人同時の改名になったのは球団がプレッシャーに配慮してという説もある。

 そしてなにより、なにもしなければ叩かれもせず、なにも起きないのだ。余計なことをしないのが一番の安全策であるというのは間違いのない事実である。