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2020/08/30

それでもイレギュラーやトリッキーが欲しい

 しかし、だ。これは私個人の価値観というか好みなのだが、日々続くプロ野球の中に、イレギュラーなことやトリッキーなこと、突拍子もないことが起こってほしいし、起こしてほしいのだ。ただ行儀が良く、誰からも文句が出ない野球をずっと見続けるのは退屈だし、記憶にも残らない。

 突拍子がなく、しかも大成功した例というと最近では大谷翔平の二刀流がある。あれでさえ日本ハム入団時には賛否両論があったわけで、事と次第によっては球史に残る大選手が投打どちらかだけの半分になっていたかもしれないと考えると恐ろしい。

 大成功したとまでは言いづらい二刀流にはほかならぬオリックスの嘉勢敏弘という例があるが、仮に二刀流をやっていなかったらいまはもっと忘れられているはず。やったからこそファンの記憶に残っている。

 思えば昔のプロ野球は、もっと自由な発想と、時には無謀な挑戦精神に満ちていた。

 背面投げの小川健太郎。元オリンピックの短距離選手で、選手登録、代走起用された飯島秀雄。公式戦で右は使わずじまいだったが、左右投げの近田豊年。小川や飯島はそのプレーを見たわけではないが、子供の頃に本で読んだだけでも数十年残る記憶になっている。

 いきなり左投げの外国人捕手を連れてくる球団があったり、打者ごとにオーバースローとアンダースローを使い分ける投手が現れたりしてもいいと思うのだが、もうそこまでの自由はNPBには無いのだろうか。まあ実際に導入するか、そもそも該当者がいるかは別として、発想の幅はどこまであってもよいと思うのだが。機能したら歴史に残るし、機能しなくても記憶に残る。

 なにか突飛なアイデアを出すと否定の矢も飛んでくる時代だが、それにめげず自由と可能性を追求する球団があってほしいなと思うし、それが自分の贔屓球団であればさらに楽しい。

 イチローだって、やっぱりカタカナになってよかったでしょう。本人にとってもファンにとっても。

 名前がどうでもどのみち活躍はしただろうが、「オリックス鈴木がシーズン210安打!」「マリナーズ鈴木がシーズンMVP獲得!」よりもやはり主語が「イチロー」であったからこそ、付加価値は増した。

 これは、当時のオリックス首脳陣が「余計なこと」をしたおかげなのだ。

 もし余計なことをしなかったら……我々が別途得たものがあったとしても、「1995年に鈴木平が来たので『鈴木一』になった」という記憶くらいだろう。

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