タイトル戦は本当に多くのスタッフに支えられている
会場入りのあとは、控室で関係者のみなさんに挨拶をした。今回は主催のドワンゴ社によるニコニコ生放送での中継クルー以外に、ABEMAのスタッフも来ていた。その他には将棋連盟の関係者と記者たちだ。以前の名人戦でも痛感したが、タイトル戦は本当に多くのスタッフに支えられている。
対局は14時からなので、15分くらい前には控室を出て、階下の対局室に向かった。途中、和服の森内九段と再会したので挨拶をしたところ、7年前の名人戦の観戦記を担当したことを覚えてくださっていて感激した。
対局者の二人はまだ来ていなく、立会人の森内九段と、記録係の高橋佑二郎三段だけが盤の横に座り、周囲にはカメラを構えた記者が陣取っている。対局者の二人の席には、事前の注文に応えた形でバナナや飲み物がセッティングされていた。
しばし待つと、挑戦者の豊島竜王・名人、そして防衛する永瀬叡王の順に入室してきた。二人とも、和服だ。永瀬叡王が駒を取り出し、並べていく。盤を並べ終わると沈黙の時間だ。撮影のシャッター音だけが和室の空間に響く。
14時になり、森内九段が開始を告げた。この対局は、永瀬叡王が先手とあらかじめ決まっている。撮影が許されるのは数分間だけなのだが、おたがいに、相手が指すとすぐに応手を返す。7年前の名人戦では、たしか1手しか進まなかったので、様子がだいぶ異なる。持ち時間の差もあるが、この速さには驚いた。
どんな入門書にも「▲同香はうまくいかない」
記者たちの入室が許された時間が終わり、控室に戻ると、指し手はもう25手目くらいまですすんでいた。両者の研究手順なのだろう。
叡王戦七番勝負では、1時間、3時間、5時間という異なる持ち時間の対局がそれぞれ2局ずつある(第7局は6時間)。第3、4局はあらかじめ持ち時間1時間で行われることが決まっており、タイトル戦では極めて異例の1日に2局指すというダブルヘッダーになっている。それにしても指し手が早い。
おたがいほとんど時間を使わずに、40手以上が経過した。平均的な1局の将棋の長さは100手程度なのでずいぶん早い。
47手目の永瀬の一手に控室が沸いた。
この形では、▲同銀が普通で、▲同香はうまくいかないというのが、どんな入門書にも書かれている。その手を叡王が指したのだ。控室でもみんなが驚いている。豊島竜王・名人も、手を止めて考えこむ。
森内九段と、将棋盤を見ながらその後の展開を話していると、突然、控室がどっと沸いた。中継スタッフや関係者がみんな盛り上がっている。
モニターを見ると、永瀬叡王が和服からスーツに着替えている。「このタイミングで着替えるのまで含めて研究手順なんじゃないの?」という声も流れた。たしかに、この局面で相手が考え込むのはわかりきっている。もしかすると、ほんとうにそうなのかもしれない。