『悪党・ヤクザ・ナショナリスト 近代日本の暴力政治』(エイコ・マルコ・シナワ 著/藤田美菜子 訳)朝日選書

 1936年1月、元衆議院議員吉田磯吉が亡くなると、内務大臣から位階の追賜が申請された。理由は「仁侠」を以て名を知られた「廉直」の人物で、弱者救済ほか幾多の社会的貢献があったから。なかでも特筆すべきは、1921年の日本郵船紛擾事件(政友会が同社を資金源にするため壮士を送り込んで株主総会を妨害しようとした事件)での活躍だという。吉田は地元九州から「決死的壮士三百人」を上京させ、事態を無事「調停」した。国立公文書館蔵『叙位裁可書』添付の「事蹟調書」にそう書かれている。

 対立政党の謀略を挫いた功績はたしかに大きい。それにしても、荒くれ男たちを大動員した“磯吉大親分”の暴力団組長顔負けの蛮行が手放しで賞讃されているとは。乱暴者と政治のあまりの親密さに、十数年前に右の公文書を閲覧した私はただ驚くばかりだった。

 本書は、近代日本政治における暴力許容(あるいは賛美)の実態と背景を入念な文献調査と東西にわたる豊富な知識をもとに解説した学術書である。「暴力は近代日本政治史において恒久的な原動力であった」とする著者は、政治と親密に関わった無頼漢の類を「暴力専門家」と呼び、彼らが「なぜ、どのようにして、これほど政治と密接に結びつくことになったのか。この問いこそが筆者を荒々しい政治世界の探求」に向かわせた、と研究の動機を熱く語っている。

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 幕末維新期から戦後の安保闘争や三池炭鉱争議に至るまで、本書に登場する主役たちは様々だ。志士、博徒、壮士、院外団、大陸浪人、国粋会・正義団等の国家主義右翼団体、そして戦後の暴力団や児玉誉士夫のようなフィクサーたち。彼らの暴力の実態も詳しく紹介されている。たとえば壮士や院外団の場合、対立政党や候補者の集会での“ひと暴れ”や投票者への脅迫は当たり前。標的の政治家を襲うこともしばしばで、護身のために仕込み杖を所持し、包帯姿で登院する議員も少なくなかったとか。院外団では誰を殴ったか身体のどこを殴打したかで報酬額が決まっていたという大野伴睦の回想も興味深い。政治の世界では日常茶飯事のように暴力が横行、まさに常在戦場だった。

 著者が強調するのは、今日多くの歴史学者が民主主義の繁栄期とする大正デモクラシー期に、暴力専門家が政党の院外団に正式に組み込まれ「堂々と制度化」されたという、残念な史実である。吉田磯吉が衆議院議員に初当選したのも大正4年。ヤクザ社会に通じた有力な実業家として、憲政会の武闘派議員となった。

 魅惑的なテーマで日本近代政治史のもう一つの通史を書き上げた著者だが、注文も。エリートである政治家たちはなぜ無頼の徒と親密な関係を結んだのか。党利党略のために金目当ての彼らを利用しただけなのか。政治家と無頼。両者の間の心情的共鳴にもう一歩踏み込んでもらいたかった。

Eiko Maruko Siniawer/1975年、米カリフォルニア州生まれ。ウィリアムズ大学歴史学部教授。専門は日本近代史。97年ウィリアムズ大学卒業、2003年ハーバード大学で博士号(歴史学)取得。本書は、博士論文を大幅改稿して単著にしたもの。

うじいえみきと/1954年、福島県生まれ。歴史学者(日本近世史)。著書に『武士道とエロス』『サムライとヤクザ』など。

悪党・ヤクザ・ナショナリスト 近代日本の暴力政治 (朝日選書)

エイコ・マルコ・シナワ ,藤田美菜子

朝日新聞出版

2020年6月10日 発売