この本を読むと、そのあとの人生が変わる。『おやときどきこども』は、育児書というジャンルに入る本だが、育児に関係しない人生を歩んでいる読者も、きっと、読んだあとの生活が一変する。なぜなら、ほとんどの人が教育を受けたり親との関係に悩んだりして大人になっているからだ。
「自分が受けた教育を思い出すなあ。あれは、こういうことだったのか。自分の受験もつらかったなあ」なんて具合に、本書の読書中は自身の生い立ちを振り返らざるを得ない。過去の認識が改まれば、おのずと未来も変化するわけだ。
もちろん、育児中の人だったら、その後の育児が変わるだろう。私自身、家で4歳と0歳の子どもの育児中なので、未来の変化がともなうヒリヒリとした痛みを感じながら読み進めた。著者の鳥羽和久さんは小中高生を対象にした学習塾の運営をしており、思春期前後の子どもたちがメインで登場する。長年の経験の中での出会いを、フィクションを交えながら、親子関係の問題をほぐす事例として、丁寧に描いていく。
その美しい文章を追いながら、「私もこの先、子どもと良好な関係を常に保ったまま18年を過ごすなんてことはまずないだろうな。親としての弱さを味わい、間違いもしでかすだろう。『現象として受け止める』というのは、言葉では理解できるが、実際に行動できるだろうか。きっと、ときには険悪な関係に陥るだろう」と覚悟する。でも、こんなに濃厚な人間関係を味わえるなんて、やっぱり育児はものすごく面白い、と思春期や受験が楽しみにもなった。
先ほど、「美しい文章」と書いたが、この本が稀有なのは、読み物として素晴らしいことだ。これまで、「育児書というのは、ビジネス書、あるいはエッセイ漫画の体裁が多いな」と感じていた。そして、先生としての上からのアドヴァイス、あるいは、親としての自虐によって構成されがちだった。いや、そういう本だって面白い。重要なフレーズを簡単に暗記でき、気軽に本を閉じられる。
でも、本書は他の育児本と一線を画す。読後に「素敵な読書時間を過ごせたなあ」と、小説の裏表紙を撫でるときの気持ちになる。
本書の文章は、すうっと伸びていく。糸電話の糸のように真っ直ぐな文で、言葉選びも的確だ。著者は読者と対等な地平にいる。おそらく、これらは著者の豊かな読書経験による賜物だ。本書のところどころに小説や歌詞からの引用がある。それだけでも著者の読書好きがうかがえるが、文章の運び方からしても、かなりの読書量があって、それも現役に違いないと察せられる。本が好きな人が作った育児本なのだ。
「素敵な読書時間」における思考は人生の糧だ。ページをめくりながら思い出を掘り起こし、考え事を進めたら、変化が訪れる。
とばかずひさ/1976年、福岡県生まれ。寺子屋ネット福岡代表取締役、唐人町寺子屋塾長。単位制高校の校長も務めており、小中高生の学習指導に携わる。著書に『親子の手帖』など。
やまざきなおこーら/1978年、福岡県生まれ、埼玉県育ち。作家。『かわいい夫』『リボンの男』『ブスの自信の持ち方』など著書多数。