壁や屋根にカボチャのつるをつたわせたグリーンカーテンに覆われたボロ家に、人々は暮らしていた。
「屋根の上にはカボチャのつるだけでなく、トウモロコシの黄色い実や唐辛子の収穫物がまとめて干してあった」。屋根の上に収穫物を置くのは「泥棒除けではないか」とAさんは推測する。泥棒も人の家の屋根までは上がるまいと、現地の人は考えているようだ。
視察には「案内員」と呼ばれるガイド役2人がぴったりと付いて回るが、「ここで写真を撮るのは絶対にヤバい」とAさんは躊躇し、自主的にカメラをかばんに仕舞った。唯一、痩せた羊飼いと羊の群れが車の行く手を阻んだ際だけ、シャッターを切ったという。
いよいよ国境の哨所へ
そんな農村風景を横目に1時間弱走ると、哨所に到着した。
「するとスマホのメール着信音が鳴った。スマホが韓国側の電波を拾い、自動的にローミングした」
哨所に入ると、開城方面から案内のために来た将校が、韓国側の防衛線について細かに説明してくれた。
軍事境界線から南北にそれぞれ2キロが非武装地帯(DMZ)になっている。DMZ内にはうっそうとした密林が広がっていた。
「肉眼でも韓国側の監視哨所(GP)が確認できた。双眼鏡を借りて見ると、青い国連旗と韓国国旗がはためき、山城のように堅牢な造りだった。北朝鮮側の最前線哨所はコンクリート造りの簡素なもの。驚くことに非武装地帯のギリギリまで畑になっていた」
リアル“ヒョンビン”に面会
見学が許された哨所は平屋で広い交番のような造り。「愛の不時着」の第5中隊のように数人が詰めているものと思いきや、Aさんが訪れた際には20代の兵士が1人しかいなかった。
兵士は「兵役で平壌から来ています。久々に人が来たのでうれしいです!」と、満面の笑みを見せ、Aさんからの付け届けの日本製タバコを控えめに受け取った。
現実の防衛線は結構、人手不足のようだ。Aさんは「ドラマのようなイケメンとまでは言えないが、とても好青年で、人間味のあふれる若者だった」と、リアル“ヒョンビン”を証言する。Aさんは再び村を抜け、当日夜までに平壌に戻った。