永瀬にとって頑張り甲斐がある局面になってきた
不利な方には最善手がないと書いたが、有利な方も、逆転に至らない範囲ならばどういう順を選んでも良く、だからこそ悩ましいのだ。決め手には遠いものの、こちらも手厚く十分に優勢をキープできる。
しかし、永瀬にとって頑張り甲斐がある局面になってきた。飛車を抑え込み、標的になっていた銀を守りに引き締め、遊んでいた桂馬を攻めに活用して攻めかかる準備をする。両者持ち時間が減ってくる。
ここで、塚田九段がスーツから和服に着替えるために控室を出る。
「終局の1時間前くらいに着替えに行くのが丁度いい。ギリギリになると焦るから良くないんだよ」
塚田九段が着替えに行っている間に、永瀬は桂馬をさらに跳ねて攻めかかる。豊島は金を上がり、得した香車を受けに打つ。局面は混沌としてきた。AIの評価値もいつのまにか互角に戻っている。
和服に着替え終わった塚田九段から「(着替えるのは)早まったか」との冗談も飛ぶ。
「引き分けなら千日手ですね、持将棋にはなりにくい」と塚田九段。しかし、最初の局面よりはずっと持将棋の可能性が出てきたのは明白だ。「持将棋にはなりにくい」というのは願望も含まれていたのではないだろうか。
時間がなくなった時もかなり個性が出る
一方のニコ生コメントでは、早くも3回目の持将棋を期待するコメントも散見される。好きなタイミングで画面をつけたり消したりできる視聴者にとっては、美味しい出来事なのは間違いない。
一方で、アンケートでは願望込みで引き分け予想が過半数を超えていた。
解説の佐藤天彦九段からは「(持将棋は)気は早いけど、なくはないですね」との声。
局面は進み、両対局者ともに持ち時間を使い切り、両者1分将棋に。形勢は互角。前局では1分将棋が160手も続いたが、本局はどうなるのだろうか。
形勢が不利な時にどういう手を選ぶかは人によると書いたが、時間がなくなった時もかなり個性が出る。
タイトルホルダーと言えども人間である。1分では深く読みきることはできない。読みきれないままに指し手を選ばないといけないのだ。その時にどのような手を選ぶか。攻めきれるか分からないまま攻めるか、堅実で大きなミスになりにくい手を選ぶか。
じっくり進めて五分。読みきれないまま攻めて、攻めが通れば勝ち、受かっていれば負け。それが五分五分と判断した時にどちらを選ぶのか。
永瀬も豊島も、このような時に堅実な手を選ぶことが多い印象である。安定感と言っても良いだろう。それが今シリーズの、2回の持将棋、長時間の1分将棋につながっている。