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「敵対幹部をあえて出世させて…」山口組“超武闘派”高山若頭が名門・山健組を切り崩した“智謀人事”とは?

2020/08/09

genre : ニュース, 社会

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 当時、毎月の会費と呼ばれる上納金は約100万円とされていた。それに加えて雑貨の“押し売り”の負担が生じることになる。直参組長らは経済的な負担に悲鳴を上げた。

 当時を知る山口組系幹部は、次のように振り返る。

「自分のところはミネラルウオーターなどを飲食店にそれなりの値段で回すことが出来たのでさほど問題ではなかった。しかし、そうしたルートがなければ、事務所などに積んでおくだけになる」

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 神戸への直参組長の常駐は、まるで江戸時代に諸大名が強いられた参勤交代のようである。さらに、さほど必要性のない日用雑貨品の“押し売り”は、有力大名が「天下普請」と称して土木工事に駆り出され、不要な出費を強いられたのと似ている。いずれも、弘道会系以外の有力直参の経済力を削ぐ、高山の「直参統制」の施策とされていた。

6代目山口組の司忍組長 ©時事通信社

後藤組長のゴルフコンペ開催が逆鱗に触れた

 当時を知る警察庁幹部は、5代目体制から6代目体制へと移行した時期の山口組の内部事情について指摘する。

「5代目体制までは、良く言えば自由な雰囲気だったが、悪く言えばいい加減で統制がゆるかった。高山は、直参組長たちの連合体のような組織を改めて、中央集権型にしようとしていたのではないか。まずは人事で組長、若頭とツートップを押さえる。その上でカネの問題。次第に直参組長たちが息苦しくなって行ったのは間違いない」

 次第にこうした息苦しさが表面化していく。

 山口組は2008年10月、定例会を開催したが、5代目時代からの古参の有力直参の後藤組組長の後藤忠政が欠席した。そこで思わぬ報道がなされた。「週刊新潮」が同年9月に後藤が人気歌手らを招いてゴルフコンペを開催したと報じたのだった。

 高山は後藤を除籍処分としたが、これに反発した直参組長らが連名で抗議文を出した。「数々の悪政に耐え、今日に至ったが、この度、後藤の叔父貴への執行部の対処に我々は断固、抗議する」とゴルフコンペ開催を理由としての処分を批判した。