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 ただ、私は彼がやったように、暴力団にとって圧倒的に不利な事件を暴き立てたことはない。溝口の例をみても分かる通り、記者が暴力団から攻撃されない、という保証はどこにもない。

「ヒットマンって誰ですか?」

「○○って言ってました」

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 私は名前の挙がった当人と交流があった。直接話を聞き、「そんな意味のないことなんてしない」と言われたが、それを本気にしていいものか自信はない。

 記者の恐怖心を増幅させていたのは、刑事たちだった。

「そりゃあ他の暴力団なら心配ないでしょう。でもあの組織は危ない」

 感覚がずれているのは私かもしれないのだ。

「ヤクザに戻ってもどうしようもない」とこぼす元幹部

 その後、山口組を破門になった幹部が、今度は家族ぐるみで上京してきた。最初、他団体の知り合いから電話があって、「追われているから助けてやってくれ」と、一切を突然丸投げされたのだ。過去の経験から自分の家に住んでもらうことはしなかった。ただ私が保証人になってアパートを借りる必要があった。知り合いの会社になんとか潜り込んでもらい、彼はいま、月給25万円で会社社長の運転手や雑用をしている。彼はしばらく「いずれヤクザに戻りたい」と熱意を持っていたが、最近はずいぶん考えが変わったようだ。

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「もう暴力団じゃ食えない。カタギでやっていきたい。知り合いのマル暴からも、『いまヤクザに戻ってもどうしようもない』と言われる。昔の仲間たちも同じことを言ってる」

 元幹部がこぼすように、暴力団という職業は斜陽産業である。

 コンピューターの普及で、大打撃を被った業種のように、社会が整備されて来るにつれ、暴力団の存在価値は薄らいでいる。暴力団も調子に乗りすぎた。豪邸に住み、高級車を乗り回し、ホテルのロビーを我が物顔でのし歩くアウトローを、社会が許容するわけがない。

現代の暴力団は一種の社会的弱者

 いまや暴力団は一般的な生活を送るのも困難となった。銀行口座は作れない。新車も売ってもらえない。カメラ店でのプリントさえ拒否される。葬儀会場を貸してくれるところもない。理解しがたいかもしれないが、暴力団は一種の社会的弱者なのだ。

 実際、暴力団取り締まりの現場はなんでもありと言っていい。警察に拍手を送りたくなる事件がある反面、明らかに強引に事件化したと思われるものも目立つのである。

 大阪日本橋の電気街で、200万円ほどの買い物をした山口組二次団体幹部は、「ちょっとくらいまけてぇな」との言葉を「恐喝」と判断され、警察から厳重注意(中止命令の一歩手前)をうけた。山口組の某直参組長は、200万円の大金をかけて入れたインプラントの噛み合わせが悪く、「ちょっと具合が悪いんやが……」と言ったため、歯科医から警察に通報され、新聞沙汰になった。なんだかマンガのような話だが、警察も暴力団にははっきり「お前らに人権はない。カタギがやるのはいいが、お前らは駄目や」と通告するという。

潜入ルポ ヤクザの修羅場 (文春新書)

鈴木 智彦

文藝春秋

2011年2月17日 発売