終戦の1週間後、1945年8月22日に生まれたタモリは、きょう75歳の誕生日を迎えた。1975年に30歳で芸能界にデビューしてからも、今年は45年の節目である。ここでは彼の足跡を35歳から10年おきに振り返ってみたい。
『いいとも!』のきっかけを作った35歳(1980~81年)
タモリは35歳になる前年、1979年には自分の能力の限界を超えるほど多忙をきわめ、《スケジュールを見せられるとね、十二月なんか、これでオレは生きて年を越せるんだろうかって(笑)》思うほどだったという(※1)。このときにはすでに多くのレギュラー番組も抱えていた。デビュー2年目の1976年から続くラジオの深夜番組『タモリの
35歳になってからは1980年10月に、東京12チャンネル(現・テレビ東京)の日曜昼の番組『タモリの
「オレが6年もひとつのこと続けたことないもの」
さらに半年後、1981年4月からは日本テレビ系で土曜夜に『今夜は最高!』が始まる。タモリをホスト役に、毎回多彩なゲストを迎え、トークやコントを繰り広げた同番組は、大人の視聴に耐えうるバラエティとして1989年まで続いた。そこで着用した黒いタキシードに象徴されるように、ソフィスティケーションされたタモリのイメージを定着させたという意味でも、『今夜は最高!』は彼にとって大きな意味を持つ。1981年にはこのほか、すでに36歳となっていた10月から情報バラエティともいうべき『夕刊タモリ こちらデス』でキャスターに挑戦したり、国鉄(現・JR)の新幹線や朝日新聞、民放連とちょっと固めの企業・団体のCMに出演したりと、デビュー当初の“密室芸人”のイメージをすっかり拭い去った。こうしたイメージチェンジの成功も、『笑っていいとも!』への布石となっていることは間違いない。