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虫になることで見えてくる生命のサバイブ法とは?──川村元気×養老孟司『理系。』対談

日本人と西洋人の決定的な違いとは?

川村 僕も子どもの頃によく虫捕りをしていると、いつの間にか自分が草むらに溶け込んで一体化するように感じる瞬間がありました。そうすると虫のいるところが感覚的にわかったりして、子どもながらに、自分が自分でなくなっちゃうのが気持ちよかったりしましたね。

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養老 僕もしょっちゅう虫になっているんだと思います。ただ、そういうタイプって日本に多いと思うんですよ。西洋人は割合、そうなりにくい。

川村 それはどうしてですか?

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養老 僕はよく「日本人は社会の中で他者性が強い」って言うんだけど、西洋は言語を見ても、ルネッサンス以降は必ず主語が入るようになって、「I am a boy」っていう表現も、amの前にはIしかこないのに、彼らは絶対に省略しないんです。

川村 なるほど。

養老 でも、ルネッサンス以前に盛んだったラテン語は、動詞が全部変化して、強調するとき以外は人称代名詞が要らなかった。デカルトの「我、思う」も「cogito」の一語です。つまり、「I」を省略できない現代の西洋人は、常に行動の主体というのが存在すると思っている。

川村 自分らしさを大事にするってやつですね。

養老 そうです。アメリカのテレビなんかを見ていても、3、4歳くらいの子が誕生日に白木の小さな車みたいなのをもらって喜んでるんだけど、周りの大人はしきりに「車の色を決めるのは、お前なんだよ」と言っている。それは「決定するのはあなたですよ」という主体をメタメッセージとして伝えているわけで、相手を尊重すると言うと聞こえがいいんだけど、要するに主体を置くと物語が構成しやすいんですよ。

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川村 確かにそうですね。

養老 戦争責任でも、ドイツ人だったら「ヒトラーが悪い」で済む。だけど、日本人はそれができない。主体がないからその場の空気、状況依存で決めるわけです。

川村 西洋を基準にすると日本人は主体性とか自分らしさとかいうオリジナリティがなくて、それが悪いってことになっているような気がしますが、日本人の特徴はそれこそ虫を捕ったりしながら、自分を積極的に何かに溶け込ませようってことだったりするんでしょうね。