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虫になることで見えてくる生命のサバイブ法とは?──川村元気×養老孟司『理系。』対談

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「メンデルの法則」は嘘だった?

養老 疑うという話で言うと、「科学上の発見は全部嘘だった」という本がありますよ。いちばん有名なのは19世紀に活躍した植物学者メンデルの論文に対して、ロナルド・フィッシャーというイギリスの統計学者が有名な仕事をしたんだけど。

川村 中学校の理科で習う「メンデルの法則」ですよね。エンドウの交配実験で、生物の性質はどのように遺伝するのかを実証したという。

養老 そう。ロナルド・フィッシャーは、メンデルの仮説が正しかったとして、彼が発表した結果が得られる確率を計算した。どうなったと思います? 「あり得ない」という結論になった。

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川村 それ、本当ですか?

養老 データが合いすぎていて、つまり、データをいじったに違いないという結論。

養老孟司さん

川村 数年前に似たような疑惑のニュースが世間を騒がせたような……。

養老 そう、小保方晴子さんね(笑)。要するに結果的に当たっていても、基本的には全部まぐれなのかもしれないということです。それを人間がいわゆる物語にしているだけであって。

川村 メンデルの話は、今となってはもう、データをいじったのかどうかを確認する方法がないですね。

養老 メンデルは修道院の院長もしていて、寺男を使っていたので、もしかするとそいつらが、院長の顔色をうかがいながら数をごまかしたのかもしれないし。

川村 確かに僕たちは、自分の理解の範疇を超えたものが現れると、その理由を言葉や物語にしたがるところがあると思います。僕なんかもまさに物語を作るのが仕事ですが、不思議な出来事があると気になって、どうしても物語化したくなる。ちなみに養老さんは人間を解剖して掘っていくうちに、何かが見えたりする瞬間があったりしましたか?

養老 昔、電子顕微鏡を見ながら暗室にこもっていて、終わって外に出たら、雲がみんな細胞に見えたことがありました。暗い場所で明るいものをずっと見るってものすごい集中状態で、だから、ものの見方が変わってしまうんでしょうね。東日本大震災の後の計画停電のときも、箱根でヘッドランプを付けて虫をいじってましたけど、やけに落ち着くものがありました。昔の人は手作業が得意だって言いますけど、よくわかるというか、今は世界が明るすぎるんですよ。だから、気が散って集中できない。