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広島・塹江敦哉に謝りたいこと…活躍を見て思い出した“あの日の悔しさ

文春野球コラム ペナントレース2020

 塹江敦哉選手が活躍している。私が塹江選手の存在を初めて認識したのは、彼が2016年のリーグ優勝翌日に一軍昇格し巨人戦に初登板したものの、アウトを1つしか取れず0回1/3で6失点となった手痛いデビュー戦の日だった。プロの世界で1アウトを取るというのは想像以上に難しいことなんだと改めて知った。後続の投手もランナーを返されてしまい、「162.00」というあまり見たことのない防御率が話題になったことで記憶している方も多いだろう。

 塹江選手はその後2017年、2018年と一軍登板なし。去年は11試合に登板したものの防御率6.10とピリッとしない成績であったが、プロ6年目の今シーズンは打って変わって素晴らしい好投を続け、いまや重要な局面で頼れるセットアッパーとして広島に不可欠の存在となった。

塹江敦哉 ©時事通信社

同じ香川県出身の塹江選手を応援したいが……

 塹江選手は私と同郷、四国の香川県出身である。東京や大阪の人ならそこまで気にならないかもしれないが、香川はまあまあ田舎なのでどのジャンルにおいても有名人が少なく、たまに同郷の出身者を見つけるとつい肩入れしてしまう。

 それが広島東洋カープの選手ならなおさらだ。カープで香川県出身の選手というのは、私の知る限り今までいなかった。諸手を挙げて応援して然るべきところだが、一つだけ引っかかっていることがあった。塹江選手の出身高校である。香川県高松市に高松商業高校という甲子園にも数多く出場している名門校があり、おぼろげながら塹江選手はたしかその高校の出身だという記憶があった。

 塹江選手が悪いわけではもちろんないのだが、私は高松商にあまり良い印象を持っていなかったのだ。

 高松商は私が通っていた高校とは学区が異なり、ほとんど関わることがなかった。初めて高松商の人に会ったのは、私が東京の大学に進学してしばらく経った後、高校時代同じクラスで仲が良かった友人の住む寮に遊びに行った時のことである。

 彼が住んでいたのは香川から上京した学生専用の寮だった。当時けっこうな人見知りだった私は知らない人間がたくさんいる寮に行くのにあまり気が進まなかったのだが、同じクラスだった別の友人も一緒に行くと聞き、それならまあ何とかなるか、と誘いに乗ってみることにした。

 寮に着くと友人が出迎えてくれた。その時点で私の知らない寮の友人を2人連れており、いきなり不安が高まる。「こいつら、めっちゃええ奴やから」と紹介された片方は小柄で天然のいじられキャラといった雰囲気で確かにいい奴そうだったのだが、もう片方は背が高く筋肉質で、好戦的な目をしていた。直感的に、苦手なタイプだと思った。

 彼らは2人とも高校時代サッカー部だったそうだ。ちなみに寮に住んでいる私の友人も、一緒に行った別の友人もサッカー部だった。つまりその場にいる私以外の全員がサッカー部だったのだ。