サッカー部に囲まれ、完全に舐められ切っていた私
流れ上、私も部活を尋ねられ、吹奏楽部だったと答えると若干の笑いが起きた。でかい方の奴が「あー、ぽいわ~」と嘲笑の混じった口調で言った。出会って数分しか経っていないにもかかわらず、完全に舐められ切っているのが分かった。
不快感を抑えながら、できる限り明るい口調で「2人はどこの高校やったん?」と聞き返す。でかい方は「高松商」で、いじられキャラっぽい方は「高松西」の出身ということだった。
2校とも自分とはほぼ縁がない。特に高松西については全く何の知識もなかったが、たびたび甲子園に出ていた高松商は全体的にスポーツに強いイメージがあった。なので「へえ、高松商なんや。サッカー強そうやな」と適当なお世辞を言ったところ、高松商の彼は私以外の3人の方を向き、大袈裟なリアクションで言った。
「え、ちょっと待ってちょっと待って! 俺、『サッカー強そうやな』とか言われたんやけど!」
後で友人に聞いたところによると、彼らの代の高松商は県大会で優勝し、インターハイに行ったという。県大会優勝の俺に向かって「サッカー強そうやな」って。こいつマジうける!ということなのだろうが、私は香川県の高校サッカー部事情には疎く、ましてやどの高校が県大会で優勝したかなど知る由もなかった。それは私に限ったことではなく、サッカー部以外の高校生のほとんどは私と同程度の認識だったのではないだろうか。
それなのにたまたまそこにサッカー部しかいなかったせいで高松商が優勝したことが狭い範囲での常識となっており、認識を訂正されないままデカいツラをしている高松商のそいつが腹立たしくて仕方なかった。
その後も彼の様子を見ていると、ことあるごとに高松西の彼をパシリ扱いしたり、殴る真似をしてビビらせたりしていた。もし自分がこの寮に住んでいたら高松西の彼と同じかそれ以下の扱いを受けていたのは間違いない。一人暮らしをさせてもらえていることに心から感謝した。
改めて調べて明らかになった衝撃の事実
それ以降の十数年、他の高松商の人に一度も会ったことがないので、私の高松商に対するイメージは彼からずっと更新されていない。高松商の人がみな彼のようであるとは全く思わないが、今でも高松商の名前を聞くとつい、あの日の悔しさを思い出してしまう。
応援しているチームの、しかも同郷の、有望なピッチャーである塹江選手。彼が高松商じゃなければ、あいつの顔がよぎることもなく、何の抵抗も抱かず応援できるのに……と苦しい思いを抱えながら数年間応援していたが、今回改めて調べてみたところ衝撃の事実が明らかになった。
なんと、塹江選手の出身高校は高松商ではなく、高松北高校という私の全く知らない高校だったのだ。ただ単に、私が勝手に思い違いをしていただけだったのである。
塹江選手、今までごめん。申し訳なく思いながらネットを調べていたところ、彼が広島に入団した際、選手寮に鉢植えのサボテンを持ち込んでいたという情報を入手した。
その時塹江選手は「部屋に緑が欲しかった。なかなかいいのが見つからなかったんですが今日、これだ、という直感がありました。サボってんじゃないよ、という意味もあります。やる気満々です(2015年1月10日 デイリースポーツ)」とダジャレを交え意気込んでみせたという。
なんていい奴そうなんだ。コメントを見ただけでわかる。
私が勝手に抱いていたイメージは全て間違っていた。この場を借りて謝罪させてほしい。すいませんでした。また、高松商業高校の皆さんも、たまたま出会った一人の乱暴者の印象で括ってしまいすいませんでした。これからは心置きなく、全力で塹江選手を応援していく。後半戦も心優しい塹江選手の活躍から目が離せない。
吉田靖直(トリプルファイヤー)
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