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あの子どもたちを笑顔にできるのは…西武・相内誠が書いた「一通の手紙」

文春野球コラム ペナントレース2020

2020/09/11
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一流になるための自己管理能力

 ところが、その希望はすぐさま裏切られる。

 相内は西武球団との仮契約ののち、無免許運転で東京湾アクアラインを爆走したことが発覚した。入団破棄寸前までの大事態になり、1年後には飲食店で飲酒・喫煙している姿が告発されるなど、プロ野球選手になってからの相内は問題だらけだった。

 とはいえ、その細身の体から投げ込まれるボールは魅力的だった。

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 ストレートの最速は150キロに到達。キレも鋭く、スライダー、カーブなども使いこなし、大谷・藤浪世代でもあった相内への期待は高かった。だから、彼はたびたび問題を起こしても、クビにはならなかったし、1軍に昇格することも少なくはなかった。

 しかし、結果が出なかった。

 先発のチャンスを幾度かもらうが、2軍でのパフォーマンスほどの力を発揮することはなかった。21試合に登板して0勝7敗、防御率10.05。救援でいい成績を挙げた時もあったが、先発では9回のチャンスをもらいながら、その多くは序盤で降板している。

 そうした同じことを繰り返す相内を見ていて、真っ先に思いつくのが自己管理能力だ。わかりやすくいうと、自分をどのような野球選手に見立て、その道筋を描いていくかという力だ。彼の先輩である菊池雄星(マリナーズ)は、常に「一流」を目指し、その姿勢を私生活から創り出し己を磨いたが、相内にはそれがなかった。

「Fake it till you make it」

 菊池は自分が一流になった気分になって、グラウンドでの立ち振る舞いやトレーニング、私生活に至るまで「一流」を目指した。将来、自分がなりたい像をイメージして実力をつけたのだ。おそらく、プロ入り後の相内には一流がなにか、プロ野球選手での成功さえ描けていなかったのではないだろうか。

今、相内はどこを目指しているのか

 現在、西武アカデミーコーチを長く務めている石井丈裕さんがプロで伸び悩む選手の特徴にある傾向があると、こんな話をしていたことがある。

「今の若い選手たちはコーチに言われたことは真面目にやるんです。でも、言われたことをやるのは大切ですけど、ある程度までいったら、自分で考えないとレベルが上がっていかない。伸び悩んでいる選手たちは共通してそこが物足りなかったですね。教えられてできたものは、すぐにできるから自分では何も考えないのですが、いろいろ考えてできるようになったものは本当にうれしい。その気持ちをわかってもらいたかった」

 相内が1軍に上がってきた際の囲み取材などで、彼の言葉を拾ってきた人間として感じるのは、彼から「プレイヤーとしての芯」を感じないことだ。彼はどこを目指しているのか、どのようなピッチャーになりたいのかが描けているようには到底思えなかった。

 才能に満ち溢れ、腕を振ればとんでもないボールを投げることはできた。

 1軍デビューを果たしても同じ結果を繰り返す一方、私生活でも同じミスを繰り返す。そこに共通するのは、自分の芯を持っていなかったことへの証左ではなかったか。

 改めて、相内が書いてくれた手紙をもう一度眺めてみた。

 

 こんな文章、誰が書けるのだろう。その想いは今も変わらない。この時の彼には覚悟があったはずだ。児童養護福祉施設を巣立った一人の人間として、施設の子たちの希望になるという。

 施設で見た子どもたちの様子は、平和ボケしていた筆者にとって衝撃的だった。これほど大人が信用されていない社会があるのか。彼らの気持ちを慮ろうとすればするほど、その闇の深さに愕然とした。

 施設の子どもたちを前に、私は無力だった。

 平和ボケして生きてきた私には何もできなかった。

 あの手紙にしたためられた言葉を読むたび、思う。

 あの子どもたちを笑顔にできるのは、相内誠しかいないのだと。

 施設のためにも、虐待がなくならない社会のためにも、その背中で希望を与える人間になってほしい。

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