印象に残った試合中のやりとり
試合中のやりとりで印象に残ったのは5回表、投手がギャレットに代わり、直球破壊王子・渡邉諒がいきなりスリーベース。次の大田がボテボテのサードゴロを引っかけ、本塁クロスプレー。いったん球審はアウトをコールしたが、栗山監督リクエストの後、判定覆りセーフ、ファイターズが試合の主導権を握る貴重な追加点を奪ったシーンだ。
解説の松沼雅之さんが「渡邉の神の左手」ということを言いだした。キャッチャー柘植のタッチをかいくぐり見事、ホームベースに触れた左手、といったニュアンスのようだ。が、スポーツ界で「神の手」と言うときは、マラドーナの昔から「ズルをしてうその得点を入れた手」という意味になる。このとき、山田アナは意外と難しい局面に立たされたのだ。「ハムの得点は無効」と暗に言ってしまうか、「おとやん、それは違います」とデビュー戦ながら渾身の返しを見舞うか。
「直球破壊王子の次は、神の左手ということになるんでしょうか」
「セーフだ! リクエスト成功、これで5対2になりました。栗山監督リクエスト成功! 判定覆って5対2。記録はフィルダースチョイスになりました。今、中村の表情が手元のモニターに映ったんですが、うっそーというような顔をしてましたね。これで渡邉が明日の新聞に『神の左手』ともしかすると出るかもしれませんが、そんな渡邉の、神走塁というべきでしょうか」
まぁ結論を言うと山田アナは「神の左手」に乗っかることにしたんだけど。
試合は進んで12対2の最終盤。僕はふと気になってradikoプレミアムで北海道のラジオ中継を確認した。予算の削減で西武戦に関しては文化放送の中継に相乗りするケースがほとんどだ。山田アナのデビュー戦はHBCラジオかSTVラジオに乗ったのかなと思ったら、何とどっちにも流れていない。QR単独だったのだ。山田アナは心置きなく「神の手」で良かった。何なら「マラドーナ以来の神の手」でもクレーム来なかった。
僕のいちばん好きな菅野詩朗
で、僕のひいき局、HBCラジオにスイッチしたんである。これがね、実況・菅野詩朗アナ、解説・森本稀哲だった。菅野さんといえば元文化放送のベテランアナだ。僕も何度となくスタジオをご一緒した。風貌は往年のジャンボ鶴田そっくり。そして文化放送アナウンス部で語り継がれる数々の「迷実況」伝説の持ち主だ。いくら山田アナが伊藤翔をサウスポーと言ったってそんなの何でもない。ボケのパンチ力が違う。有名な「迷実況」を紹介すると現役時代の長嶋一茂のホームランである。
「入ったぁー、長嶋一茂同点ホームラン! 3対1、1点差!!」
これのすごいところは「同点ホームラン」と「3対1」と「1点差」、全部違うところである。3つとも違う。何を言ってるのかわからない。他にも負傷した選手が担架で運ばれた際、「ヘルメットで運ばれました」とシュールな光景を実況した。と、言ってる先からHBCファイターズナイター中継で解説のひちょりを「森山さん」と呼んでいる。まぁ、菅野さんとしては小ボケに類することだが。
あぁ、この機会だから僕のいちばん好きな菅野詩朗を皆さんにご披露しよう。たぶんこの文は山田弥希寿アナも読んでおられるだろうから、心して聞いてほしい。失敗なんか怖れる必要ないのだ。中村剛也のホーム200号に当たっただけでも持ってる。そのまま真っすぐ伸びていってください。
ライオンズ戦の実況を担当していた菅野さんは自分を呼んでしまったことがある。たぶん自分を呼んでしまったスポーツアナは古今東西、菅野さんただ一人だと思う。
「それではここでベンチサイドを呼んでみましょう。1塁側ベンチサイドリポーターの菅野さん! 菅野さん!」
誰も答えなかったそうだ。落語の「粗忽長屋」である。呼ばれたオレは確かにオレだが、呼んでるオレは誰だろう。
※松沼雅之さん考案の「神の左手」だが、追随するスポーツ紙は出現せず、さっぱり火がつくことはなかった。大量12点が入った試合の、たった1得点をクローズアップするのは文春野球くらいである。が、あの1点が試合を決めた。なかなか含蓄のある本塁クロスプレーだった。
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