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 作家さんで言うと知念実希人さんとか、あとは赤川次郎さんの「三姉妹探偵団」シリーズも小学生のときから読んでます。最近は特に、ドンデン返し系が大好きなんですよ。この前も、「ドンデン返し 小説」ってスマホで調べて、これ知ってる、これ読んだって(笑)。今は『ハサミ男』が気になっているんですが、まだ読めてないですね。

 

――少し過去に遡って、デビュー当時のお話もお聞きできればと思います。そもそも、デビューのきっかけは大分でのスカウトだったと伺いましたが……。

スカウトされたときは「やっぱり怪しいですよね(笑)」

 中学3年の夏休みに、家族で海鮮焼きのお店に行ったんです。そしたら、たまたま事務所のマネージャーさんがお店にいらっしゃってて。店員さんとお友達で、偶然大分に帰省していたみたいなんです。そこで声を掛けていただきました。

――いきなりスカウトされて、最初はどう思いましたか?

 やっぱり怪しいですよね(笑)。ただ、お話を伺っているうちに、せっかくの機会なので1回東京に行ってみようかな、と。東京に行くこと自体、そのときが初めてでした。

――まさに恐る恐る、という感じですね。

 

 スカウトされてから2週間後に、家族と一緒に東京へ来て、その場で衣装合わせをして、初めての宣材写真を撮ったんです。それでこの子を入れるか、入れないかという判断をされて。そこでOKが出たので、すぐにオーディションに行って……9月にはもう、最初の撮影をしていました。

――行定勲監督のWebCMですね。その後も熊澤尚人監督、岩井俊二監督、新海誠監督などの作品で、次々とオーディションに勝ち抜いていらっしゃいますが、やはり性格的には緊張しない、物怖じしない方ですか?

人生で一番緊張した『Mステ』のこと

 確かに緊張はあまりしないですね。緊張したほうがダメになると思って、そこは割り切ろうと考えるタイプなので。でも、さすがに1月の『ミュージックステーション』はめちゃくちゃ緊張しました。

 心の中では割り切っているんですよ。自分の中では、緊張したってしょうがないし、やるしかないじゃんって思ってるのに、『Mステ』というだけで、もう手が震えてきちゃって、声も出なくて……。でも、あれを経験したら、もう緊張することはないんじゃないかなって思います。人生の糧になった気がしますね。

 

――デビューからの4年間で、既に何本もの作品に出演されていますが、デビュー直後と今を比べてみたときに、作品との向き合い方や、現場に入るときの準備など、何か変化はありますか?

 少しずつ、自分のことがわかってきたような気がしています。まだ完全にわかりきったわけではないけど、こうしたほうがやりやすいとか、自分が今どう見られているのかとか……そうした意識ができるようになってからは、準備の仕方も、前よりもちょっとは効率的になりました。

――具体的には、どのような準備を?