レールを歩む人生が、夫が首相を辞めて一転
祖父と父が森永製菓の社長となる家系に生まれ、聖心女子を小中高と進み、専門学校を経て電通に入り、やがて大物政治家・安倍晋太郎の子息と結婚する。いわゆる親にしかれたレールを歩む人生であったろう。
それが一転するのは、夫が最初に首相になってそれを辞めてからだ。首相夫人になって有名人になったことで、かえって何者でもない自分に気づいたのか、立教大学の大学院に通い、神社をめぐり、居酒屋の経営を始める。
ノンフィクション作家・石井妙子の取材で、安倍昭恵は大学院生活をふり返り、「『自分の意見』が私にはなかった」ことに気づいたと述べている。そのいっぽうで、「読んだ本はみんな忘れてしまったし、論文もすごく手伝ってもらって書いた」「本を読んだりレポートを書くのは、正直なところ苦手でした」(注3)と漏らす。
何かをきちんと学ぶのは苦手のようだ。だから学術とは違う土俵にある、理解しやすい疑似科学に傾倒するのだろう。
そうしてFacebookなどでオカルトめいた言葉を発信するようになる。森友事件の際、渦中の籠池泰典の妻に「神様はどこに導こうとしているのか。とにかく祈っています」とメールしたのが知られるが、神道にとどまらず、安倍昭恵の興味は「波動」や「EM菌」、「オーラ測定」などにまで及んでいった。
ちなみに斎藤貴男『カルト資本主義』(文藝春秋・1997年)の「オカルトビジネスのドン『船井幸雄』」の章に、安倍昭恵の実父・松崎昭雄の名が出てくる。多くの企業が研修などでおこなう「超越瞑想(TM)」について、これをNECが取り入れたのは、同社の会長と「仲のよい森永製菓の松崎昭雄社長がTMを薦め」たからだとある。スピリチュアルの嗜好は親譲りなのかもしれない。
泣きながら携帯電話を取り出し……安倍昭恵が抱える“淋しさ”
安倍昭恵が頼るのは、スピリチュアルの見えないチカラだけではない。安倍首相の威光というチカラ、つまりは政治権力にも頼った。
たとえば2016年の参院選に出馬し「脱原発」などを訴えた三宅洋平に、安倍昭恵はFacebookで「公邸でお待ちしてます!」と呼びかける。「公邸」に招くとは公人の振る舞いに思えるが、まだ私人か公人かの問題が起きる前であったので、当時は「上から目線」などとの批判がおきる。そうしたことから、ふたりは池袋の居酒屋で会うのだった。そこで安倍昭恵は随分と酔い、おまけに泣いたという。(注2)
そのとき、安倍昭恵は突然、夫に電話をし、携帯電話を三宅洋平にわたして、安倍首相と会話させる。
ここに安倍昭恵の淋しさがある。場を盛り上げようとして総理大臣に電話するなど、このうえない酒席の余興だ。しかしそこにいるのは安倍昭恵という個人ではなく、安倍晋三の妻、首相夫人でしかない。いや、それを期待されていると本人もわかっているから、携帯電話を取り出して夫とつなぐ。「自分探し」の行く末は結局のところは、権力者の妻であった。
この「夫の威光」こそが安倍政権最大の問題を引き起こし、また自殺者を出すという悲劇を生む。森友事件だ。