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江戸の浮世絵師にも負けない美人画が

 まずは絵画作品として安野の漫画を見てみよう。会場では大きく引き伸ばされたプリントや、筆の跡も生々しい原画によって、彼女の絵を堪能できる。

『ハッピー・マニア』のシゲカヨ、『働きマン』の松方弘子、『さくらん』のきよ葉、『鼻下長紳士回顧録』のコレット、『オチビサン』のオチビ、さらには個別作品からは離れたイラストレーションとして描かれた妖艷な女性たち……。さまざまなタイプの人物画を眺めていて強く感じられるのは、描線の美しさだ。

 漫画はモノクロでつくられることが多く、絵柄も省略化がされるため、シンプルな線画の世界として立ち現れる。少ない描線で人物も背景も表現されるわけだが、その一本ずつが安野作品では非常に洗練されている。天賦の才もさることながら、漫画を週刊連載などしていると、漫画家は人物を描く分量が日々半端ではない。「鍛え方が違う」という面もあるのだろう。

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 鍛え抜かれた線の美しさがとりわけよくわかるのは、江戸時代の吉原を舞台にした『さくらん』の描画だ。主人公・きよ葉の横顔を捉えた一枚の、たおやかで、かつ張りのある強い輪郭線はどうだろう。そのなめらかな曲線をずっと眼で追っていられる。

 これはもう、喜多川歌麿らによる江戸期の名作浮世絵と並べて比べたくなってくる。きっとまったく遜色などないはずである。

ストーリーテラーとしても超一流

「絵師」として卓越しているだけではないのが、長年人気漫画家としてあり続ける安野モヨコの凄みである。絵と同じく、言葉やストーリーテリングの世界でも第一級なのは、展示からも読み取れる。

 会場では一つひとつの作品がかなり丁寧に紹介されているので、未読の人でも、あらましや作品世界の雰囲気がよく理解できる。特筆すべきは、主役級の登場人物たちのキャラクターの強さだ。圧倒的に女性が多いのだけれど、彼女たちはいずれも環境や周囲の人に大いに振り回されながらも、はっきりとした意志を持って自分の足で歩むことを止めない。その力強い姿に、読者は否応なく惹かれてしまうこととなる。

 

 彼女たちが発する「グッとくる言葉」も、会場の随所には大書してある。

「あたしは仕事したなーって思って 死にたい」(『働きマン』)

「働きマン」2007年

「人より多くもらうものは 人より多く憎まれる」(『さくらん』)

「さくらん」2002年

 などなど。ゆっくり読んで、深く噛み締めたくなる。

 かように安野モヨコ展は、まこと持ち帰るものの多い展覧会になっている。

 絵師としての、またストーリーテラーとしての抜きん出た才能を、ひとつの身体内に併せ持つのが安野モヨコの稀有な点であり、それが漫画表現の凄みにもつながっている。

 文学やアートと並び立てるのか? そう問われるどころではない。

「文学+アート」のハイブリッドであるとも言える漫画表現の、驚くべきクオリティに展示会場で浸ってみるといい。

 ⓒMoyoco Anno/Cork