チームをつくって、他部署と一緒に協力して、論文を書くんです。経営陣に提案をするのですが、このプロセスを1回まわすと、なんとなく事業計画の基礎がつかめます。実際に「経営への提言」を介して立ち上げられた事業もありました。この仕組みも、暗にリクルートから独立するためのマインドづくりにつながっていたような気がします。
創業者である江副浩正さんは「社員皆経営者主義」を掲げていました。社員全員が経営者マインドでいろ、というものですね。よって社員全員に「利益を出すんだ」という意識が根付いていました。
たとえば総務などのいわゆる「バックオフィス」と言われる部署は、基本的には直接的に「利益を出す」というイメージがありませんよね。でも、リクルートではバックオフィスも、利益を出す「PC(プロフィットセンター)たれ」という扱いでした。人事であれば「どのくらいいい人材を採用したか?」という売り上げ目標みたいなものを当時は持たされていた。庶務課であれば、たとえば「コピー用紙を再利用する」といったアイデアを出すことが求められます。
すべての部署が「PC(プロフィットセンター)」である。この意識と、先ほどの「経営への提言」がうまく結びついて、会社の空気をつくっていました。リクルートの中には「経営者マインド」を根づかせる仕組みがあり、ぼくはそれによって鍛えられたのです。
そのようなリクルートには「家族制度」みたいなものがありました。自分の課にお父さんやお母さん、お姉さんがいるんです(笑)。普通だと課長や部長というように「上下関係」で位置づけられますよね。でもリクルートでは、そうじゃなくて「家族」。上長はお父さんなんだよ、と教えられました。だから「父親」に相談をしたり、「お兄さん」である先輩から叱られることがあったりしました。
当時は仕事のあと、けっこう飲みに行っていました。不思議だったのが、新人が先輩におごるんです。初任給も必ず先輩たちにお土産を買っていく。そういう文化がありました。おそらく意図としては「あなたの力だけでお給料をもらえたわけじゃないからね」ということを教えるためだったんだと思います。
「6人で事業を立ち上げろ」リクルートのスピード感
もうひとつ、リクルートのすごいところは事業のスピード感です。