昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

ツイッター社長に聞いてみよう

中央線で居眠りする“サボり営業マン”がリクルートのトップ営業になって、MBA留学するまで

ツイッター社長に30の質問 #15

 2014年からツイッタージャパンの代表取締役を務める笹本裕氏。これまでMTVやマイクロソフトなど外資系企業でキャリアを積んできた。笹本氏が30年以上前、新卒で入社したのはリクルート。雑誌「住宅情報」の広告営業マンとして駆け回った新人時代。社内で“わずか2名”というMBA選抜枠をどうやって勝ち取ったのか?

◆◆◆

Q.どうやってリクルートの熾烈な社内競争を勝ち抜いた?

<「早く会社を辞めたい」「営業しんどいです」と文句ばかり言っていた新人時代。「営業行ってきます!」と言って中央線を居眠りして往復したこともありました。そんなとき目にしたMBA募集の張り紙。「人生を変えるならこれしかない」ととにかく結果を出すことにこだわり、トップ営業に上り詰めました>@yusasamoto

◆◆◆

中央線を居眠りで往復する“サボり営業マン”

Twitter Japan代表取締役の笹本裕さん

 リクルートには「メンターシップ」という制度がありました。「メンター」のおじさんと何カ月かに1回、喫茶店でお話しするというものです。ぼくはいつも「早く会社を辞めたい」と言っていました。

 営業もツラいし、向いてない。自分が思い描いていた社会人像は「ニュースや報道に携わって世界中を駆け回る」ようなイメージでした。でもそこからはだいぶ遠い存在だった。

 ただメンターシップでの発言は会社に筒抜けになっていたらしく、上司からは「そんなにこの会社が嫌いなのかよ」と言われましたね。

 当初は意識の高い若手社員ではなく、ずっと「営業しんどいです」と言っていました。なにせ銀行員が持つような分厚いカバンに「住宅情報」を4冊ぐらい持たされるわけです。1冊の厚さが10センチくらいある。特大号になると15センチ近い。それだけでもう腕がちぎれるような重さです。それを持って、埼京線や京浜東北線など沿線の不動産会社を回らないといけない。これが本当にしんどかったんです。

 

 こんなことを言っちゃうとちょっとマズいのですが、中央線を東京駅から高尾まで居眠りして往復して帰ってくるのを何度かやったことがあります。営業のつらさに耐えられなくて、だからといって会社にいるわけにもいかない。「営業行ってきます!」と言って、中央線に乗って居眠り……。