史上最悪といわれる日韓関係だが、安倍晋三首相の辞任表明で韓国社会に変化が見られるという。40年にわたって在韓記者として取材を続け、この夏に「反日vs.反韓 対立激化の深層」(角川新書)を上梓した黒田勝弘氏(産経新聞ソウル駐在客員論説委員)に聞いた。
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「ストロングマン」の辞任は意外だった
――安倍首相辞任について、韓国国内ではどのような反応があったのでしょうか。
安倍首相の体調問題を世界でもっとも熱心に伝えたのは韓国メディアでした。異様な関心ぶりでしたが辞任は意外な印象をもって受け止められています。
というのも、韓国での安倍首相は「対韓強硬派」「極右」、さらには史上最長の長期政権を築いているという「ストロングマン」のイメージなんです。ロシアのプーチン大統領やアメリカのトランプ大統領らと同じくくり。いってみれば、ヒール的な存在感がある。そのイメージと、持病のギャップが大きかった。
さらに、韓国人の感情を複雑にしているのが、「安倍が悪い」といいつつも、米韓関係がよくないことを国民は分かっているので、良好な「トランプ=安倍」の日米関係は明らかに羨ましく見ていたし、アベノミクスで景気が良くなったらしいことも羨ましく見ていたこと。とくに若者の失業が大問題の韓国からすれば、安倍政権で売り手市場になった日本はことのほか印象的でした。
いわば裏声として、この2つの羨ましい印象は結構あった。反日運動の中で肖像写真を燃やされるなど、嫌われ者のイメージばかりがあるように見えますが、一方で「すごい首相」というプラスのイメージも意外と強いのです。実際、戦後日本の首相では、中曽根康弘、小泉純一郎と並んで安倍晋三は3本の指に入る、韓国でも“人気”があって、名を残した指導者だったことは間違いないのです。
この「ストロングマン」が、まさか持病の悪化という理由で突然いなくなるなんて、韓国国民からすれば現実感がなかった。韓国に40年間駐在している経験から、いささか大げさに言うと1994年に北朝鮮の金日成が死んだ時のことを思い出しました。相手が強大な悪役だったからこそ、「憎いけど凄いやつだった」「いなくなると張り合いがなくなって、妙に寂しいな」といった感じでしょうか。
韓国では金日成が亡くなったとき、それがすぐに結実するわけではありませんでしたが、北朝鮮の変化というか南北関係改善の期待感が生まれました。同様に今回も頭の上の重石が取れた感じで、韓国社会にぼんやりと日韓関係が改善するんじゃないか、という変化への期待が出ています。