9月16日にも誕生する見込みの菅義偉総理は、代打・ワンポイントなのかはたまた本格政権なのか、政治メディアの値踏みの議論が喧しい。だが意味のある議論とも思えない。そんなことはとっくに遥か昭和の昔、先輩記者が答えを出している。
朝日新聞に後藤基夫という名物政治記者がいた。吉田茂以下、朝日嫌いで鳴る歴代の首相にも太いパイプを持ち、政界の裏の裏まで知り抜いていて「ゴッちゃんのGはご存知のG」と称された。佐藤栄作首相の寝室から出て来て他社の記者を驚かせ、「寝室記者」とあだ名された。
そもそも「暫定」は総理にならない
その見巧者がベテラン記者同士で座談した『戦後保守政治の軌跡』(岩波書店)で言う。
「内閣に暫定ということはありえない。暫定をつけられた人間は全部つぶれて、実際にはなっていない」
話題は、田中角栄首相が金脈問題で退陣し自民党の椎名悦三郎副総裁の裁定により「青天の霹靂」で「クリーン三木」と称された三木武夫氏が後継に選出された世に名高い「椎名裁定」についてだったが、
「あのときだって、椎名とか保利(茂)暫定とかいろいろ言われたけれども、暫定と言われたら、ならない」
と明言した。さらに福田赳夫氏が大平正芳氏に「首相を2年で渡す」との「密約」があったとされる件についても、
「暫定と言われる内閣では、政策は何一つできっこないよ。だから絶対ないんだよ。そういうことは」
と、にべもなかった。
政治家たるもの、誰でも首相になりたいしなったら本格政権でありたい。衆院選で勝ってワンポイントの評判をかき消したい。それだけだ。
「岸亜流」と思われていた池田勇人政権
ずっと、首相を目指す気はないと公言して来たのに、安倍晋三首相退陣が千載一遇の好機と見るや、周りの支持が固まる前に自民党総裁選出馬を決めた菅氏である。本格政権に向け、やる気満々でないはずがない。そうでなければ、デジタル庁の創設から厚生労働省の再編まで、こうも矢継ぎ早に目玉政策をぶち上げられようか。
それに『戦後保守政治の軌跡』にも出てくるが、安倍首相の祖父・岸信介首相が安保紛争の混乱の中で退陣し後継に池田勇人首相が登場した時、メディアはこぞって「岸亜流内閣」と書いた。安保紛争に対し池田は岸に負けず劣らず強硬だったし、岸が派閥をまとめて池田支持を打ち出したのが総裁選での池田勝利の原動力となったのは明らかだったからだ。