十分な睡眠がアルツハイマー病を予防する
「アルツハイマー型認知症と診断された人の脳には、老人斑と呼ばれるシミのようなものが多く見られるのが特徴です。この老人斑は、アミロイドβ(ベータ)とよばれるタンパク質が蓄積されることで形成される。今回発表された研究では、徹夜した翌朝は、アミロイドβの量が増えていることが明らかになりました」(同前)
その研究とは、米国立衛生研究所傘下にあるアルコール乱用・依存研究所所長のノラ・ボルコウ博士らのグループが2018年4月、「米国科学アカデミー紀要」に発表したもの。ボルコウ博士はPET(陽電子放射断層撮影)の脳画像診断で極めて著名な研究者だ。
学習院大学理学部教授の髙島明彦氏が解説する。
「この研究には、22歳から72歳の、アルツハイマー型認知症になっていない健康な男女20人が参加しました。参加者は2日間、実験施設などで寝泊りします。1泊目は起床時間まで寝ても構いませんが、2泊目は睡眠不足の状態を作るために、看護師の監視のもと、31時間連続で寝ないで過ごしました」
その上で、ボルコウ博士らは脳のアミロイドβの量をスキャンできるPET装置を用い、脳内に自然に蓄積されるアミロイドβのレベルを測定したという。
「きちんと睡眠をとった1泊目と、徹夜をした2泊目を比較したところ、20名中19人がアミロイドβのレベルが有意に増加していたのです。増加した割合はおよそ5%で、こうした変化は、右の視床および海馬を含む脳領域に見られました。これらはいずれも、アルツハイマー病の初期段階で特に傷害を受けやすいとされる部分です。この傾向は参加者の年齢、性別、アルツハイマー病の遺伝的リスクとは関係ありませんでした」(同前)
この結果から、睡眠不足や徹夜はアミロイドβの蓄積を促進してしまう可能性があること、逆に、十分な睡眠がアルツハイマー病を予防する可能性があることが確認されたのだ。
認知症を招くこのアミロイドβとはどのようなタンパク質で、なぜ脳内で産生されるのか。
「脳では、他の臓器や器官と同様に、エネルギーを消費した際にはタンパク質の老廃物が生じます。言ってみれば余計なゴミのようなもので、その一つがアミロイドβ。脳は約1400グラムで成人の体重の約二%に過ぎませんが、体全体が消費するエネルギーのうち約25%を占めている。それだけ多くのタンパク質の老廃物が発生しますが、その量は1日あたり約7グラムにもなると考えられています」(朝田氏)