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フェーズが変わった「志村けんさんの死」

和宏 今回は誰もが「他人事」と思えなかったというのは、すごく大きい。それって明らかにフェーズが変わった瞬間があって、3月末に志村けんさんが亡くなった時からなんです。それまでは感染者数や死者数が、グラフの「数」として取り上げられるだけでした。私も〈対数に死者を目盛らば抜け落ちてひとりひとりの死の悲しみは〉と詠んだのですが、一人一人の死が語られることはなく、多くの人にとって、まだコロナは「他人事」だった。ところが志村さんという誰もが知っている方が亡くなって、しかも、感染防止のためにご遺族は最期を見送ることもできなかったと報じられて。こういう「固有名詞の死」が出てきて初めて、みんな「自分事」として捉えるようになったと思うんです。

 朝日歌壇にも志村さんを悼む歌が幾つも載っていましたね。4月26日にお父さんも採った〈最後までコントか本当か分からない手品のように消えたおじさん(澤田佳代子)〉は印象的でした。

朝日歌壇への投稿 ©文藝春秋

「ウィズ・コロナ」という言葉が表すように、コロナはわれわれの生活そのものも大きく変えてしまった。一時は感染拡大を防ぐために人との接触を極力減らすようになり、街から人が消え、学校や会社へ通うという当たり前のことができなくなった。町の小売業や飲食店は休業を強いられ、電車や飛行機といった公共交通機関はわずかな乗客を乗せて運行を続けた。

 そうした中、家族全員が家にいる時間が長くなり、人間関係を見直さざるをえない状況を詠んだ歌もよく詠まれたという。しかし、そうした苦しい状況の中でも市井の人々は歌に「ユーモア」を添えることを忘れなかった。

和宏 夫婦関係を詠んだ歌も面白かった。〈唐突にコロナ離婚がわかるわとピアノに向かう休日の妻(5月17日・上門善和)〉。奥さんは何も言わないんだけど、「コロナ離婚ってよく分かるわ」とだけ呟いて、スッとピアノに向かった。旦那は内心ギョッとするわけだ。今みたいな大変な時にこういうクスッと笑える歌が作れるのは、余裕があっていいね。〈ハリネズミの夫婦の適度な距離感が外出自粛で乱されている(6月14日・箕輪富美子)〉も面白い。

永田和宏さん ©文藝春秋

 それまでは「ハリ」が出ていた分、お互いの空間を保っていたんだけど、それが脅かされてしまうという。夫婦の歌、私も作りましたね。〈人並みに夫婦喧嘩もふたつみつするはたしかにこの春の所為〉。コロナで夫と過ごす時間が増えて、要らんことで喧嘩が増えてしまった(笑)。

 民衆の歌は、ユーモアを忘れない一方で、場当たり的な対応で社会に混乱を招いた政治への不信、批判も忘れなかった。和宏氏は「歴史書には、普通の人々がコロナをどう受け止めたかということまでは残らない。そんな庶民の肌感覚を残せる唯一の文芸が『歌』なんです」という。