永田和宏氏(73=JT生命誌研究館館長)は宮中歌会始や朝日歌壇で選者を務めるなど、日本を代表する歌人の一人だが、細胞生物学者という科学者の顔も持っている。和宏氏の長女である永田紅氏(45=京都大学特任助教)も生化学研究の傍ら、歌人としての活動を続けている。歌とサイエンスという文系と理系を行き来し、歌人と研究者という二足の草鞋を履く父娘が「コロナ禍の歌」を語り合った――。

対談する和宏さん(右)、紅さん ©文藝春秋

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投稿の6割~7割がコロナ関連

和宏 朝日歌壇(毎週日曜)への投稿は普段は週2500首ほどだけど、コロナ以後は週に3000首。うち6割7割がコロナ関連の歌です。

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 みんな家に籠って、歌を作る機会が増えたのでしょうね。

和宏 まずは「マスク」の歌から始まった。投稿から掲載まで最速で2週間ほどのタイムラグがあるんですが、コロナ関連で最初に採ったのは2月23日。〈疑へばすべて罹患者バスの中マスクがマスクを監視してゐる(牛島正行)〉という歌です。

 素顔だったら、人間そこまで攻撃的にならないかもしれない。だけど、マスクって仮面のようなもので、付けることで匿名性が付与されてしまう。その怖さが〈マスクがマスクを監視〉という言い方にうまく表れています。

マスクを付けて外出する人々 ©共同通信社

和宏 ただ、選歌をしていて思うのは、コロナのように一つのことが話題になる時って、みんないかに同じ感じ方をしているか、ということ。マスク不足を嘆く歌なんかも本当に多かった。でも大事なのは、どれだけその人ならではの視点で事象を捉えられているか。例えば〈街中で会う人会う人みなマスクどこの店でも売ってないのに(5月10日・伊藤次郎)〉という歌は面白いよね。これだけマスクがないと言われてるのに、みんなマスクしてる、どこから来るんや、と。

 ほんまその通りやなぁ(笑)。かつての東日本大震災でも多くの歌が詠まれたが、今回のコロナ禍が大きく異なるのは、日本国民すべてが「当事者」だったことだという。