官邸による典型的な“恐怖人事”
すると、菅は話をそらす。
「手数料2000円を取っているだろう」
厳密にいえば、2000円は手数料ではない。10万円を超える支払い分が控除対象となる医療費控除のそれに近い。医療費の10万円がふるさと納税では2000円だ。菅は、その2000円の支払いまでやめろと迫った。
「すると、寄付金制度全体を見直さなければなりません。難しいです」
平嶋は辛うじてそこは踏ん張った。菅の要求は寄付控除の上限倍増ともう一つ、税金の還付手続きで確定申告を不要とする「ワンストップ特例」の創設もあった。渋々ながら総務省もそれらを進めることになり、菅も納得したかに思えた。
だが、そうではなかった。年が明けた15年7月、平嶋はいきなり自治大学校校長に異動となる。ふるさと納税に異議を唱えてきた役人に対する意趣返しの“左遷人事”――。平嶋本人だけでなく、霞が関から「官邸による典型的な恐怖人事だ」と今も恐れられている。
平嶋はかつて総務事務次官候補とされたエリート官僚だった。だが、自治大学校の校長を最後に退官し、地方職員共済組合理事長を経て現在は立教大学経済学部特任教授として活動している。平嶋本人に話を聞いた。
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制度そのものに問題がある「ふるさと納税」
「菅さんはふるさと納税がかわいくて仕方ないんです。第一次安倍政権で総務大臣に就任し、ご自分が制度をつくったという自負がある。一つの手柄です。ただ、実は制度そのものに問題がある。菅さんに意見して不遇な目に遭ったのは、私だけではありません。私の税務局における先輩で、私などより次官確実といわれていた河野栄さんも、菅さんに相当抵抗して飛ばされてしまいました」
ふるさと納税は07年6月、総務大臣だった菅が省内に「ふるさと納税研究会」を立ち上げて制度の根幹をつくり、翌08年4月、改正地方税法が成立した。秋田生まれで地方思いの菅ならではの政策だと持ちあげられてきた。
しかしその実、高額返礼品を巡っては何度も問題になってきた。17年には寄付額に対する返礼割合を3割以下にするよう、全国の自治体に通知。大阪府泉佐野市のようにそれを無視し続ける自治体も出た。そこで総務省はついに今年6月、改正地方税法施行で「返礼品は寄付額の3割以下の地場産品」と基準を設け、それを満たさない同市を除外した。すると泉佐野市は国を訴え、来年一月に大阪高裁での判決を迎える。まさに平嶋が危惧した通りの事態になっている。
しかも高額返礼品をめぐる議論は制度創設のときからあった。それが封じ込められてきただけなのである。