草彅剛さん主演映画『ミッドナイトスワン』が9月25日(金)に公開される。映画ジャーナリストの金原由佳さんは、本作をバレエ作品「白鳥の湖」に重ねて鑑賞したという。
※映画の内容に触れています。予めご了承ください。
※こちらの映画評は『ミッドナイトスワン SPECIAL CINEMA BOOK』より転載しています。
誰しも小さい頃に、ああなりたいと願う、理想の大人像というものがあったと思う。10代、20代の頃はその像はまだあやふやで、輪郭が定まっていないからこそ理想の欠片をそこに気軽に投げ込むことができた。これが30、40代となると、なりたい自分とそうなれない自分との差が明確に見えるようになっていき、だからこそ引き算のようによこしまな欲を捨てていって、最後に「それでもなお、こうなりたい」という骨だけがしっかりと心に残る。
映画『ミッドナイトスワン』で草彅剛が演じる凪沙という人は、その譲れない理想像の骨を、しっかりと抱えているように見える。凪沙の部屋は玄関を開けるとすぐにキッチンがある1DK。壁には過去に憧れた女性たちだろうか、雑誌を切り抜いたのか、美しいモデルたちのピンナップが貼られている。凪沙は立ち姿が美しく、ピンヒールで新宿の街を闊歩する。昼間の化粧は薄く、素顔を生かしたメイクで、ショークラブの舞台に上がるときは華やかに装う。
店の仲間と話すときは本来の低い地声が多く、余所行きのときは若干キーが上がるが、だからといって過剰に女性らしさを繕ったりはしない。草彅演じる凪沙はこれまでの日本映画に出てくるトランスジェンダーと比べてもかなり自然体で、素顔の自分と化粧をした自分、そして社会的な顔との間を行ったり来たりして、情況に応じての変換の様が興味深い。
さて、ショークラブで凪沙が同僚と踊るのは「白鳥の湖」の第2幕「4羽の白鳥たちの踊り」だ。「白鳥の湖」は悪魔の呪いで白鳥にされたオデット姫の物語で、夜にしか人間の姿に戻れない。それは夜のショーの間だけ、なりたい姿で踊る凪沙と重なり合う。ところが、世の不景気を反映してか、店の客は攻撃的で、踊り子たちにときに不躾な言葉を吐きかける。