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2020/09/25

 内田英治監督は今回、オリジナルの物語を編むにあたり、トランスジェンダーの人にかなりの聞き込みをしたといい、日常生活における様々な迷い、経済的な不安定さや明確にならない将来設計図にその都度、揺れる姿を浮かび上がらせる。何より「白鳥の湖」と重なり合うのは、愛する人に本当の自分の姿を認識されないという悲しさである。ジークフリート王子は愛するオデット姫と、悪魔の娘オディールとの見分けがつかない。凪沙の元に送られる一果は母親の目に、持っているポテンシャルの真価は映っていない。一果と親友になるりんは母から理想の娘像を押し付けられ、なれないとわかり絶望する。誰もが自分のなりたい姿の重さを自覚し、なれないふがいなさに圧し潰されそうだ。

© ​2020 Midnight Swan Film Partners

 ところがこの物語は、凪沙が一果のバレエの可能性に気づき、彼女の保護者になろうと決めたところから軽やかに転調していく。

 刺刺しい凪沙と一果の関係性に柔らかさや温かさが宿り、精神的な母と娘になっていく。バレエの先生から「お母さん」と呼ばれ、破顔一笑となる場面の凪沙の笑みは忘れがたい。こういう形で草彅を美しいと思う日が来るとは10年前は予想もしていなかった。 

 最終的に凪沙が採る選択については、現在、日本のトランスジェンダーがぶち当たる法の壁も関係している。日本での養子縁組には様々な条件が課せられ、血縁上の母が手放さないという以上、凪沙と一果が戸籍上で母子になるのは難しい。そこで採った肉体的に母になるという決断の結果の凄まじさに驚く観客も少なくないだろう。

 実は「白鳥の湖」のオデット姫とジークフリート王子はこの世では結ばれない。だからといって悲劇かというとそうとも言えず、二人はあの世で強固に結びつく。それは現実の世界ではなかなか見えない絆かもしれないが、この映画と出会ったわたしたちはせめて受け入れ、感じ取れる人間でありたい。

(映画ジャーナリスト 金原由佳)

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文藝春秋電子書籍編集部 ,みなもと 忠之

文藝春秋

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