新型コロナウイルスの死者が19万人を超えたアメリカ。そんな中トランプは、ヨーロッパからの渡航を制限せず、マスクもせず、コロナを抑える気は全く無かった。――町山智浩氏が11月の大統領選を控えるかの国を描く『トランピストはマスクをしない』(文藝春秋)から、カオスなアメリカを紹介する。

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ポップス界の新星、ビリー・アイリッシュ

アカデミー賞予想の特別番組の収録で、ハリウッドへ出張することになった。1月26日、深い霧の中、ロサンジェルスに着陸すると、パーサーがアナウンスした。

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「先ほど、悲しいニュースが入りました。コービー・ブライアントがヘリコプター事故で亡くなったそうです」

 乗客から短い悲鳴。コービー(41歳)はNBAのロサンジェルス・レイカーズのスター選手だった。コービーという名は神戸牛が好きだった父に名付けられた。2018年には彼が子どもの頃からのバスケへの思いを綴った手紙のアニメ映画化『ディア・バスケットボール』がアカデミー短編アニメ賞を受賞している。

「ヘリには13歳の娘さんも乗っていたそうです」

 濃霧の中、無理に飛んだのがよくなかったらしい。

©澤井健/文藝春秋

 その日の夜、ホテルのテレビでグラミー賞授賞式の中継を観た。グラミーはアメリカのレコード大賞だが、授賞式の会場ステイプルズ・センターはレイカーズのホームでもある。式はアリシア・キーズが歌う「It's So Hard to Say Goodbye to Yesterday(あなたにさよならするのはこんなにも辛い)」で始まり、各ミュージシャンが次々にコービーを追悼した。

 ポップス界の新星、ビリー・アイリッシュは兄フィニアスのピアノで「When The Party's Over(パーティが終わる時)」をしっとり歌った。「シャツを破ってあなたの流れる血を止めようとしても、あなたが去っていくのを止めることはできない」

 そのビリー・アイリッシュはグラミーで最優秀新人賞、最優秀楽曲賞、最優秀アルバム賞など合計5冠を制覇した。ひと月前に18歳になったばかりで、最年少受賞記録だ。16曲を連続でビルボードのヒットチャートにランクインさせ、007シリーズの新作『ノー・タイム・トゥ・ダイ』の主題歌にも抜擢された。