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2020/10/08

source : 文春新書

genre : ビジネス, 企業, 社会, 経済, マネー

「君とはもう会わない。新聞記者と付き合っても、何もいいことはない」

 連れられて行ったのは、都心の繁華街に佇む雑居ビル。「会員制」と書かれた札がドアに掲げられたクラブだった。20人も座れば満席になるような、こぢんまりした店である。

 男は一番奥のボックス席に座っていた。年格好は40代、派手な柄のネクタイをしめ、紫色のダブルのスーツに身を包んでいた。かけているサングラスの色調は薄めだが、その奥の眼光が鋭かったことを覚えている。名刺交換で男が名乗ったとき、威圧感のある低い声の響きに圧倒されてしまった。

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 名刺には筆文字で太く、「論談同友会」と印刷されていた。論談同友会と言えば、当時は国内最大の総会屋グループとして業界で知らぬ者はいない存在で、数々の大型事件で相次いでメンバーが逮捕されていた。男は論談同友会の中堅幹部だった。

 ウイスキーの水割りを口に運びつつ小一時間ほど懇談すると、この日は穏やかにお開きということになった。しかし、帰り際に男はこう言い放った。

「君とはもう会わない。新聞記者と付き合っても、何もいいことはない」

 もう会わないと言われても、総会屋とは何者か、企業とは具体的にどういう関係なのか、聞きたいことは山ほどある。その後も何かと会いに行く口実を考えては、しつこく接触を続けた。

バブル期には億単位の資金を動かす総会屋も

 以来、二十数年に及ぶ付き合いとなった。総会屋による事件だけでなく、企業をめぐる事件や不祥事が起きるたびに話を聞きに行ったが、男は企業の事業内容や業績はもちろん、トップの人となりや社内派閥の状況まで熟知していた。

 長く付き合ううちにわかったことだが、誰もが知る有名大学を卒業しており、アウトローの世界に入っていなければ、きっとビジネスマンとして成功していたはずだ。バブル景気で羽振りがよかったころは、大柄の体にダブルのスーツを身にまとい、東京の新宿歌舞伎町のネオン街を毎晩のように闊歩していたそうだ。

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 1980年代後半から1990年代初頭、日本経済がバブルの好景気を謳歌するようになると、生き残っていた総会屋たちはこぞってバブルの恩恵に与ろうと群がった。かつて企業を回って「賛助金」名目でカネ集めをしていた頃は、1社あたり数十万円だったものが、いつしか提供されるカネは桁違いになった。中には企業の暗部を握り、億単位の資金を動かす総会屋まで現れるようになっていた。

 改正商法が施行されて利益供与が違法となったため、新たな資金提供の方策も考え出された。解体工事の請負、機関誌への広告掲載、土地の売買など、企業と総会屋の間で正当なビジネスを装って契約を結び、総会屋側に資金が提供されるようになった。このほかに、絵画などの美術品やゴルフ会員権など、売買価格が変動するものの取引を名目にして、企業側は総会屋にカネを流し続けた。