1970年作品(71分)/ディメンション/3800円(税抜)/レンタルあり

 前回に続き、日の当たらない旧作をDVD化し続けるレーベル「DIG」から出ている、「これまでよく知らなかった作品」について述べたい。

 今回取り上げるのは『日本暴行暗黒史 怨獣』。若松孝二監督によるピンク映画だ。

 まず驚かされるのは、本作が時代劇であること。セット、衣装、小道具などに特別な技術を要し、予算もかかる。そのため撮影所やそこで育った手練れのスタッフを使わないと、作るのは難しい。が、本作はインディの低予算映画だ。それで果たして時代劇が作れるものなのか――。「時代劇研究家」を名乗る身として、とても興味深いものがあった。

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 結論からいえば、見事なまでに「時代劇」になっていた。

 古くからの街並みが残る千葉県佐原でのロケーションが情景描写として効果的に機能、画面に映される必要最低限の範囲で作られたと思われるセットも低予算を感じさせないものになっていた。結果として、映像は「時代劇」として全く違和感なく映っていた。

 物語も、申し分ない。「ピンク映画」といってもエロを前面に出すのではなかった。

 江戸で三千両もの大きな盗みをはたらいた吉三(津崎公平)と庄太(神原明彦)。だが、その金をめぐり二人は仲間割れ、吉三は金を奪われた揚げ句に捕まり、15年の島流しに。一方の庄太はその金を元手に醤油問屋を営み、商売に成功していた。そこに、15年の刑期を終えた吉三が現れる。全ては復讐のために。

 しかも、ただの復讐劇ではない。というのも、吉三が相棒のシゲ(野上正義)に、庄太が妻(島江梨子)に、語る「事件の記憶」は全く異なるものなのだ。その上、シゲは行く先々で女性を犯す。こうした不確定要素が絡み合うことで、展開は全く予測不能なものになり、終始スリリングに進む。

 加えて、全編を覆う重々しい空気、水郷を利したロケーションの情感、怨みに憑かれた津崎の凄味たっぷりの演技、野上の放つ狂気――これらの醸し出す不穏さが、ミステリアスな物語展開とぴったり合わさり、低予算の作品であることを忘れさせてくれる。

 そして、ついに迎える両者の対峙。ここでのドラマがまた凄い。吉三は庄太の娘をシゲに犯させる。だが庄太は告げる。その娘は、実は吉三の娘なのだと――。娘の絶叫を聞きながら見せる、吉三の絶望的な表情があまりに切ない。

 観終えて思ったのは、本作より予算も時間もかけているのに、現在の時代劇で本作のクオリティに及んでいる作品がほとんどないということだ。

 ドラマを丁寧に作る。その精神の大切さを再認識させてくれる作品。ぜひ今の時代劇の作り手たちにも観てほしい。

日本の戦争映画 (文春新書 1272)

春日 太一

文藝春秋

2020年7月20日 発売