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 5月24日から1週間、沖縄で暴力団取材を行い、30日の深夜便で帰京した。沖縄旭琉会のある総長は「作業員たちと飲んでくれ」と、海底で熟成させたフジツボだらけの瓶に詰まった特製泡盛をくれた。海に沈めておくことで波の揺れが熟成を早め、地上の5倍のスピードでまろやかになる、と説明された。実際の味は分からない。取材で世話になった協力会社に渡してしまったからだ。前述した元後藤組組長・後藤忠政からも「作業員に差し入れてくれ」とプレミア価格で取引される森伊蔵を2本もらっていた。これもまた協力会社の社員に渡したので、どんな味だったのか不明である。

 5月31日の午後1時、虎の門病院に出かけて血液検査を行い、山本の指示の下で1回目のG-CSF皮下注射が行われた。血管という、いわば血液の通り道に薬液を流し込む静脈注射と違い、皮下注射は筋肉組織に針を刺すので、経験上、けっこう痛い。処置室に通され、誰に話すでもなく愚痴をこぼした。

「皮下注射痛いんでしょ? ああ、嫌だなぁ。これ、3回も4回もやるんでしょ。局所麻酔とかないんですかねぇ。痛いの嫌いなんだよなぁ、俺」

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 忙しく動き回っている女性看護師の一人に笑われた。

「痛いの好きな人なんていませんよ。それに鈴木さん……うちの病院の患者さんたち、もっと大変な治療をがんばってうけてるんです。子供だって皮下注射くらいで泣き言なんて言わない。原発行くんでしょ? そんなことで大丈夫なんですか?」

「原発と注射、それはそれ、これはこれです。嫌なもんは嫌なんです。あーあ、痛いんだろうなぁ」

筋骨隆々のマッチョマン看護師

 ベテランの女性看護師が目の前に置かれた金属トレーにG-CSFのアンプル2本を置いた。

「大丈夫、一番上手な人間がやりますから」

 グダグダとみっともない泣き言をいう私をたしなめるような口調だった。

〈優しそうな人だし、経験豊富そうだし、この人なら大丈夫だろう〉

 安心して腕をまくると、処置室に筋骨隆々のマッチョマン看護師が入ってきた。白衣は着ているが、どうみても格闘家のたたずまいだ。

「……すいません、あなたが看護師さん、ですか? 注射してくれる人?」

「はい」

 マッチョマンはそれだけ言って、淡々と準備を始める。

(著者提供)

「じゃあ確認のため、まず名前を教えて下さい」

「ちょ、ちょっと待って下さい。俺、暴れたりしません。大丈夫です。あなたじゃなくともいけます。だから……」

 マッチョマン看護師は私を無視し、手際よくG-CSFを注射器に装塡した。

「じゃあいきますね。力を抜いて、おとなしくして下さい」

 腕の付け根がちくりとして、皮膚の下に液剤が入ってくるのがわかった。痛くない。まったく。専門的なことは分からぬが、注射器を押すスピードは絶妙だった。

ヤクザと原発福島第一潜入記 (文春文庫)

鈴木 智彦

文藝春秋

2014年6月10日 発売