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「イスラム教徒になったのかよ?」

 友人にからかわれた。

「いやさ、俺、原発行くんだ」

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「なに? 原発って福島か? 取材許可下りねぇだろ」

「そう。だから就職した。一応、勤務は1カ月後だけど、はっきり決まってない」

「馬鹿じゃねぇの、正気か? お前は暴力団だけやってりゃ食えるじゃん」

「最初は暴力団取材だったんだよ。成り行きでこうなったっていうか……気分転換もしたかったし」

「お前はよくても家族が心配すんだろ?」

 最後の問いかけには、後々までイライラさせられた。その後も様々な人―その多くは同業者たちから、同じ質問を繰り返しされたからだ。1Fの報道をみれば、あまりに愚問であり腹が立つ。当時、新聞、テレビ、週刊誌などすべてのメディアが連日のように1Fの状況を報道していた。意図的に不安を煽(あお)っているものや、努めて冷静なスタンスをとっているものまで様々あったが、共通するのはこれが未曾有の原発事故であり、楽観的ではいられない、ということだ。

(著者提供 写真はイメージです)

 取材される側の気持ちを察するいい機会と割り切ればラッキーだったかもしれない。もちろん、その後、多くの作業員に話を訊かせてもらったが、自身の経験から「ご家族が心配してませんか?」と馬鹿げた質問をせずに済んだ。この質問は作業員の神経を逆撫(さかな)でする。そんなことはわかりきった上で、1F入りを決めたのだ。私の心情は少しずつ当事者のそれに近づいていった。マスコミ報道に当事者として一喜一憂した。

原発と注射

 5月14日、原発事業に新規参入してきた不二代(ふじしろ)建設(いわき市)で働く60歳の作業員が、電動ノコギリの搬送作業で死亡した。死亡事故の直後、先に谷口プロジェクトの日程が決まった。学術会議の見解にも「処置直後に被曝したら白血病になるかもしれない」とあったので早く行う分には問題なかった。主治医の山本は縦長に2つ並んだコンピュータの画面に映し出された血液検査の結果を診断し、血圧をはかって目を見張った。

造血幹細胞薬剤、原発作業員用・保険請求不可の文字が見える(著者提供)

「下が90、上が120……うん、血圧は大丈夫みたいだね。……これなら鈴木さんの年齢にしたら正常値と思うけん、まだちょっと高いけど、どしたの?」

 長年、ともに臨床を行ってきたせいで、鹿児島生まれの谷口の方言が山本に移っていた。

「とくにはなにも……大飯ぐらいをやめて、運動して、あとは規則正しい生活を送っただけです」

「これなら問題ないね。じゃあ予定通りに」