30年近くヤクザを取材してきたジャーナリストの鈴木智彦氏は、あるとき原発と暴力団には接点があることを知る。そして2011年3月11日、東日本大震災が発生し、福島第一原発(1F)の潜入取材に向けて、虎の門病院で自己造血幹細胞の摂取と冷凍保存をして、放射線被ばくの症状に備えるのだった。『ヤクザと原発 福島第一潜入記』(文春文庫)より、一部を転載する。(全2回の2回目/後編に続く)
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作業ができない体
心情的には谷口に共感しながらも、はっきりした確証がもてないまま、血液検査が始まった。担当医となった山本久史医師はやせこけた頰の細身で、谷口とは正反対の意味で不健康そうだった。
山本は採血や各種診断の結果を見て唸った。
「血圧が高すぎです。これはもう高血圧です。これまで薬を飲んだりしていましたか? あと、俗にいう悪玉コレステロールの値も、尿酸値も高い」
自覚はあった。この年の2月から、東京・御茶ノ水にある東京医科歯科大で歯の治療をしており、担当になった研修医から「この血圧では歯を治すより内科に行くべきです。このままでは使えない麻酔もある」と指摘されていたのだ。
山本が続ける。
「原発作業員のことは分かりませんが、要治療のレベルです」
「だったら治療したいです。でも、会社からはなにも言われていません」
改めて会社に確認したが、健康診断は不要だと言われた。健康診断を受けるよう私が求められたのは、造血幹細胞を採取し終わり、勤務まであと2週間を切った頃だ。
「タバコは吸いますか?」
「毎日3箱くらいです」
「お酒は?」
「基本、下戸なんで晩酌はしませんが、月に一、二度、浴びるほど飲みます。記憶ないです」
「睡眠時間どのくらい?」
声が小さい山本は、耳を近づけないと聞こえないほど消え入りそうな小声で訊いてくる。噓をついても意味がないので正直に答えた。
「たいてい朝寝て昼起きます。取材がある日は徹夜です」
「……鈴木さん、この体では作業ができないかもしれませんよ」
山本は神経質そうな表情で頭を抱える。眉間のしわが深くなり、ため息が漏れる。
「大丈夫です。鍛えます。運動します。ダイエットもやります」
血圧を下げるためアムロジンという薬が処方され、毎朝2錠ずつ服用するよう言われた。その日から食事制限と運動を始めた。徹夜だろうと朝8時には起床し、毎日2、3時間の散歩をして、調子がよければ軽く走る。雨の日は室内で腕立てや腹筋を1時間ほどして汗をかき、朝食はレーズンパン1個と牛乳、昼食は大盛りを避け好きなものを食べ、夕方以降はなにも口にしない。タバコは一日1箱まで。酒はやめた。