祖母が生まれた1938年に、同性婚を認めている国は一つもない。そんな時代を生きてきた祖母には、さすがに理解するのは難しいのではと思っていたのだ。
しかし、母と父はリビングでゲイを公表している息子の話をする。当時、私は一部のテレビや新聞に出る機会もあり、その放送や記事を祖母もきっと見てしまうことがわかっていた。
どこか外部の情報で知ることになるのであればと、結局、母が祖母に孫はゲイであることを伝えることになった。
「そうかぁ」意外だった祖母の反応
祖母の答えは、ただ「そうかぁ」と。それだけの反応だったという。
こんなにスムーズに受け入れられるのかと、私の方が思わず驚き、そして笑ってしまったのを覚えている。
後から聞いても、孫がゲイだということについて「別に何にも思わなかったよ」。健康で幸せに生きられていたらそれで良い、孫ということに変わりはないと伝えてくれた。ただただ、ありがたかった。
母によると、祖母は当時「偽装の夫婦」というドラマにハマっていたそうだ。
沢村一樹さんがゲイ役を演じ、天海祐希さん演じる女性と偽装結婚をする話で、もしかしたらそのドラマも影響していたのかもしれない。
祖母へのカミングアウトは、自分でも驚くほどあっさりと終わった。でも、実はそのカミングアウトの後、祖母は私に一通の手紙を送ってくれている。
そこには、大変なこともあったかもしれないけれど、最近はLGBTであることを公表する人も増えてきていることや、少しずつ社会はよくなっているから大丈夫、といった内容が書かれていた。
「あの時、手紙送ってくれたよね」と祖母に聞くと「そうだっけ? もう忘れちゃった」と笑う。
直接話すと、いつもの調子で「何も変わらないよ」と多くは語らないが、手紙では「大丈夫だよ」と優しさのにじむ字で想いを伝えてくれる。そんな祖母に救われる気持ちになった。
「これ以上祖母に望むことはない」と思った矢先に
祖母へのカミングアウトから5、6年が経とうとしている。実家には何度も帰っているが、私がゲイであることについて特別に何か話すということはない。
しかし、時折「パートナーシップ制度のニュースを見たよ」とか、米大統領選の民主党候補選にゲイを公表している人が出ているニュースを見たと、LGBTイシューに関心を持っていることを伝えてくれるようになった。
パートナーを家に連れて帰ったこともある。私が好きなプリンを、パートナーの分も作って待っていてくれた。孫の大切な存在として温かく迎え入れてくれた。
これ以上、祖母に何を望むことがあるだろう。
ただ元気に過ごしてくれたらーーそれ以上の考えは浮かんでこない。
そんな矢先、足立区議の差別発言について、祖母が怒って手紙を書いたと連絡が入った。