「今年は直前に予定が変わるということが多かった。2月も中谷(雄飛、3年)が実業団の合宿に行く直前に合宿禁止令が出されたし、3月も記録会が前日に延期が決まり、さらに延期したところで活動自粛になりましたから……。まさに“3三振”からのスタートでした」
早大競走部の相楽豊駅伝監督は、新型コロナウイルスの感染が日本国内で広がり始めた春季を、このように振り返る。
陸上選手にとっての1年間が持つ「重み」
「春先に4年生から『箱根駅伝が本当にあるのか心配です』と言われたんです。その時には、明確にその不安を打ち消すことができませんでした。最後の年に目標としてきた試合がなくなるのは、本当にかわいそうなことだと思います。
そしてそれは4年生に限ったことではありません。選手からしてみれば、1~3年生だって選手寿命は限られていますし、大学4年間という短い時間のうち1年間がなくなるのは平等につらいことだと私は思いました。逆に、『来年もあるし……』と思っているうちは、自分自身の選手寿命の重さを大切に考え切れていないということかなと。私にとっても、人生の中ではたかが1年でも監督人生は何十年もあるわけではないと思うので、この1年間は非常に重たいものだと思っています」
多くの試合が中止、延期となったが、選手寿命の短いアスリートにとって、その1年間がどれほどの重みを持つかを相楽監督は代弁する。
新型コロナウイルスに翻弄されたのはどの大学も同じだが、早大はとりわけその影響が大きかったように思う。特に、夏季期間の過ごし方が例年とは大きく異なった。